第19話 聖歴142年3月14日、舞
この夢は。
確か10歳の時だ。
「スグリ、この者と試合をしてみろ」
「はい」
修練場で同年代の少年と対峙して構える。
相手の武器は木剣だ。
「始め」
始めの合図と共に俺は棍棒を打ち込んだ。
木剣で受け流された。
俺はバランスを崩されて、たたらを踏む。
くそう。
上半身のみ力で、強引に棍棒を振るう。
またしても受け流される。
そして、木剣を振るわれて、それはピタリと手首で止まった。
「そこまで」
負けた。
完膚なきまでに負けた。
何時かこんな日が来るとは分かっていたが、案外早いものだ。
だが、頬に伝わる涙は何だ。
悔しいのか。
今までの鍛錬が無駄になったような気がしたのだな。
俺は泣いているのを隠すため、井戸のところに行き、水をかぶった
「よう、お前の攻略方法は見えたぜ」
ハックルが俺にそう言った。
「ふん、お前こそ力の無さをどうにかしないとな。手数では勝るが力では劣る。先手を取られるとどうしようもない」
「そうかな、受け流しを訓練すれば、そうでもなさそうだぜ」
「言ってろ」
くそう、ハックルにも負ける日がくるのか。
受け流しに対抗するのだったら、フェイントだな。
それしかない。
戦闘センスのない俺に可能だろうか。
可能か不可能かなんて問題じゃない。
やるしかないんだ。
涙は止まっていた。
俺は修練場に戻るとフェイントの練習は始めた。
打ち込みを途中で止める。
打ち込むよりきついが、筋肉があるので意外と平気だ。
問題は、見破られないかという事だ。
鏡の前で練習した方がいいかもな。
「父さん、姿見が欲しいです」
俺は父さんに頼んだ。
「いい着眼点だ。技を身に着けるのは悪くない。頑張れよ」
「ありがとう」
俺の隣の部屋に姿見が運ばれた。
ここがトレーニングルームだ。
鏡の前で素振りをする。
フェイントをやってみる。
下半身の踏み込みが甘いな。
これじゃフェイントだと言っているようなものだ。
思いっ切り踏み込みをしてフェイントする。
バランスが崩れる。
これでは攻撃に移れない。
俺の悪い所が分かった。
下半身の粘りがないんだな。
そう言えばスクワットみたいなのはやらなかった。
スポーツジムのトレーナーみたいな人がほしい。
スクワットをやってみる。
意外といけるな。
倉庫の荷運びでは下半身も鍛えられてたのか。
分かった。
足りないのは体の使い方だ。
体幹が鍛えられてないというべきだろう。
それとバランス感覚だ。
そんなのどうやって鍛えたら良いんだ。
前世は運動音痴だったから、知らないな。
インターネットがあれば、検索して器具を購入できるのに。
分かりやすい解決方法はないか。
考えた末に出した答えがダンスだ。
舞を習うのだ。
「父さん、舞を習いたい」
「ふむ、ユニークな訓練方法だ。お前に戦闘センスはないと言ったが、その閃きは特技になるかも知れない。いいだろう、やってみろ」
「父さん、ありがとう」
舞の教本があったのでそれをひもとく。
本に書かれた動作を姿見の前でやる。
動きがぎこちないのが、素人の俺にも分かる。
視線を感じる。
ハックルがいつの間にか来て俺を見ていた。
俺が新しい事をやり始めたのを見て、気になって様子を見にきたのだろう。
「はははっ、下手くそだな。そんなんじゃ、上手くなれっこない。才能がないのだよ。父親から受け継がなかったのか。母親がクズだったんだな。こうやるんだよ」
ハックルが舞を踊り始める。
見事な舞だ。
「お前が上手いという事は、お前はこの訓練方法をしても、伸びしろが無いと言う事だ。残念だったな。俺はまだ伸びる」
母親を馬鹿にされて腸が煮えくり返ったので、少し言い返した。
「ふん、才能が無い奴は努力しても無駄なんだよ。跡継ぎは諦めるんだな」
「気が散る。もうどっかに行けよ」
「じゃあな。能無しの力馬鹿」
ハックルが去って行った。
俺は悔しさを胸に懸命に舞を踊った。
少しも上手くなった気がしない。
だいぶ汗をかいたな。
宿のベッドで汗びっしょりで起きた。
嫌な夢ばかり見る。
だが、死んだ父さんに会えたのはよかった。
水を飲んで寝直そう。
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