第18話 聖歴141年10月9日、婚約者

 むっ、これは9歳の頃の夢だ。

 この日はよく覚えている。


「スグリ、出かけるぞ」


 何時もより豪華な鎧に身を包んだ父さんに、そう言われた。


「はい」


 馬車が停まっている。

 何時も大体は徒歩か、馬に一人乗りなんだがな。

 今日に限ってどうしたんだろう。


 父さんの後に続いて馬車に乗る。

 ほどなくして馬車は大邸宅に到着した。

 大理石で作った家は光り輝いて見える。

 どんな偉い人が住んでいるんだろう。


 馬車の扉が使用人の手で開けられ、俺達は邸宅の扉を潜った。


「ようこそ」


 恰幅の良い紳士が俺達を迎えてくれた。


「世話になる」


 父さんが挨拶してがっちりと握手を交わした。


「ローズ、来なさい」


 紳士ら声を掛けられ少し離れた所にないた女の子が近寄ってくる。

 歳の頃は6歳ぐらいか。

 俺とは背が頭一つ分は違う。


「ローズです」

「スグリ、挨拶しろ」

「スグリです。よろしく」


 この時に初めてローズと出会った。


「ローズ、お部屋を案内してあげなさい」

「はい。こっちよ」


 ローズに案内されて部屋に入る。

 銀で統一された何とも言えない部屋だ。

 金ぴかよりはましだというのが第一印象だ。


「銀って素晴らしいと思わない」

「金よりは良いね」

「私の夢はミスリルに囲まれて暮らす事よ」

「それはお金が沢山要るな」


「あなたの夢は?」

「強くなる事。これは違うな。稼業であって夢じゃない。勇者。これも違うな。一族の夢であって俺の夢じゃない。そう言えば考えた事がないや」


「夢がないのね。可哀想。ところで今日はなんで私達を会わせたか知ってる?」

「いいや」

「私とあなたは婚約したのよ」

「へぇ、じゃ俺の夢はローズにふさわしい男になる事」


 こんな夢は見たくなかった。

 これじゃ悪夢だ。


「気の利いた事を言うのね」

「まあな」


 将棋に似たゲームをローズとやる。

 ローズは強いが、俺はもっと強い。


「手加減してくれないのね」

「手加減したら、ゲームがつまらないだろ」


「そうね。駆け引きは常に真剣に容赦なく。うちの家訓よ」

「うちの家訓は強くあれだ」


「知ってるわ」

「王手」


「今回は負けのようね。婚約者が頭の良い方で良かったわ。力ばかりで頭のからっぽな人が来たら、どうしようと思ってた」

「お眼鏡に叶ったようで」


「まだ駄目よ。ミスリルのアクセサリーの一つも持って来て下さらないと」

「覚えておくよ」


「スグリ、帰るぞ」

「はい、父さん」


 馬車に乗り込む。


「ローズ嬢はどうだった」

「頭の良い子かな。それと気位が高そうだ。金銭欲も」

「あの家の者はみんなそうだ。手綱を離さない事だ」

「はい」


 俺は家に帰ってミスリルのアクセサリーの値段を調べた。

 安いので金貨30枚。

 金のかかる女だ。

 金持ちの家なのだろうから、そういう感覚なのはしょうがない。


 アルバイトしようかな。

 何のアルバイトをしよう。

 力をつけるのだったら、荷物運びだな。

 今日からやろう。


 俺は街に出て仕事を探した。

 倉庫の仕事が見つかった。


「よろしく」

「小さい奴だな。だが筋肉はあるな」


 仕事は言われた品物を倉庫から出し入れする仕事だ。

 商品は穀物らしい。

 布の袋一杯に入れられた穀物は重い。

 汗だくになり何度も荷物を運んだ。


 いい訓練になる。

 疲れ果てて家に帰った。


「どこに行ってた」


 父さんに帰って来たところを見つかった。


「訓練に」

「そうか。お前は戦闘センスがない。センスを鍛えろと言いたいが無理な気もする。膂力りょりょくで押す今のスタイルが、何時かは通用しなくなる。考えるんだな」

「はい」


 分かっている。

 分かっているさ。

 俺に達人の戦闘センスは無理だ。

 一流にも届かないだろう。

 戦闘自体が向いてないと思わないでもない。

 行き詰ったらその時に考えよう。


 この時に戻れるのだったら真剣に考えろと殴ってやりたい。

 疲れ果てて、ベッドに入ったところで、目が覚めた。

 体がだるい。

 まだ、遠征の疲れが、完全に抜けてないようだ。

 もう少し寝ていよう。

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