第40話「猛烈な尿意」

「ニャッハッハッハ。武田、しっかり検ビンしてるか? ちゃんと見てないと大変なことになるぞ」


 誰もいない空ビンが並んでいる場所で山口はクラフトテープの破片を空のビンの中に入れた。

 酒の空ビンはリンサーと呼ばれる機械で高圧洗浄されるが、紙のような物はビンに張り付いてしまい取れないことがある。


 ❃


「なんだ、これ?」

 酒の入ったビンの中にクラフトテープの破片が入っていた。

 武田は、ちゃんとした検ビンのやり方を二番手、三番手のおばちゃん達に教わり、検ビンも出来るようになっていた。


 山口め、ちゃんとした仕事のやり方も教えられないくせに挨拶もしない。

 武田は、仕事のやり方を教えられなかった山口を怒っていた。

 武田は山口に対して、挨拶だけはちゃんとしていた。

 しかし、山口は武田に挨拶されても軽く頷く程度で、武田に対して自分から挨拶をすることはない。他の人に対しては愛想良く挨拶をするのだが、特に役職の有る人に対しては丁寧に挨拶をしていた。



 武田が検ビンを始めて1ヶ月。

 武田はトイレに行ってオシッコをしょうとしたら、猛烈な尿意が来た。

 なんだこれは!?

 便器は目の前なのに、ズボンのチャックを開けるのがもどかしい。

 まずい、まずい、下着がからまって出せない。漏らしそうだ……


 なんとか間に合ったが、その後も急な尿意は現れるようになった。


 ❃


 武田の自宅。

 なんなんだろう? あの尿意は……

 前に早坂さんが言っていたな、急な尿意には仙骨をなでるのが良いって。

 椅子か!?

 一日中、椅子に座っての仕事だから、仙骨を圧迫して膀胱につながる神経がおかしくなったのかな?

 

 たしか、仙骨を手でなでるんだったな。

 仙骨から出ている副交感神経がなんとか言っていたな……


 武田は仙骨を手でなでている。

 ふと、体を前に倒した。


 あれっ、体を前に倒すと仙骨の周りの筋肉の動きが変わる。

 武田は、手で仙骨を押さえたまま体を前に倒してみた。

 ひょっとして、これ、良いかもしれないぞ!!


 武田は、仙骨をなでたり、仙骨を押さえたまま前屈や腰を後ろにそらしたりと、いろいろとやってみた。



 ❃



 職場。

 この椅子って、気にしてなかったけど硬いな。座布団を付けたらいいんじゃないか?

 武田が椅子をしげしげと見ていると、検ビンの二番手のおばちゃんが話しかけてきた。


「その椅子、硬いでしょう? お尻が痛くなるのよね」

「あっ、ええ。座布団を付けたらいいんじゃないですかね?」

「そうなのよ、本当は、座布団が付いていたのよ。半年くらい前かな? 武田さんが来る前に、異物のクレームが会社に来たの、それで、坂本班長が怒っちゃて、座布団は洗濯に出すって言って三枚とも持っていっちゃったのよ」


「異物があったんですか……」

「そのころは、ひどかったのよ! 空ビンを機械に乗せる人が新人の人で、ダンボールの箱に入ったビンを機械に乗せてフタをしているクラフトテープをカッターで切るんだけど、その時にダンボールの端も切ってしまって、ビンによくダンボールの切れ端が入っていたのよ」

「そうなんですか」


「そうなのよ、それで、今はダンボールを切らないように、カッターを禁止にしてペーパーナイフでクラフトテープを切っているのよ」

「その新人の人が今も切っているんですか?」

「いや、いや、あの人は、坂本班長に滅茶苦茶に怒られて辞めちゃったわ」

「坂本班長は、怒りすぎじゃないですか?」


「そうなんだけど、もし、異物が入っていたってテレビのニュースになったりして、商品の回収なんてことになったら、会社が潰れるくらいのお金がかかるらしいの……」

「そうなんですか……怒るのもしかたないのか……でも、もっと優しく仕事を教えてもいいんじゃないですかね?」

「坂本班長は、一応は仕事を知ってはいるけど、詳しいわけじゃないから教えられないのよ。やっぱり、その仕事をやってる人じゃないとコツとかはわからないのよね……」


 ❃


 製造が終わり、武田は坂本班長とばったり会った。

「武田さん、仕事は順調ですか?」

 坂本班長が話してきた。

「はつ、なんとかやっています……」

 武田が答えると、ハッと座布団の事が頭に浮かんだ。

(座布団の事を言ってみるか、お尻が痛くなるもんな)


「あ、あの、坂本班長」

「ん、何か?」

「あの、座布団なんですが、椅子に座布団を付けてはどうでしょうか?」


「あ〜っ、座布団か、あれね。洗濯に出してたんだったかな? 忘れてたよ。ありがとう、武田さん」

 坂本班長は、にっこりと笑って去って行った。


 は〜っ、良かった。また怒鳴られるかと思った……

 額からでる冷や汗をぬぐう武田。


 ❃


 壁を蹴っている坂本班長。

「どうかしたんですか?」

 山口が坂本班長に話しかける。


「武田だよ。あいつ、この俺に指し図しやがった! 椅子に座布団を付けてくれって」

「武田ですか、あいつ生意気ですね。僕にも仕事の事で文句言ってましたよ」

「あいつ、積み付けに回してやるかな……」

「積み付け!? あの、みんな腰を壊すやつ。それは面白いですね」

 山口が嬉しそうに笑っている。

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