第39話「冗談、冗談」

 仕事場。

「武田くん、ここをやってもらえるかな?」

 坂本班長が武田を検ビンをする職場に連れてきた。

 検ビンとは、製造された酒のビンを目視でビンの中に異物がないかを見る仕事だった。


「検ビンは三人でやるから、どうしてもトイレを我慢できない時は行っていいから。椅子に座って出来るし楽でいいだろう?」

「はっ、ありがとうございます」

「あとは、この山口くんから仕事を教わって」

「はい」

 坂本班長は、そう言ってどこかに行ってしまった。


「武田さん、この仕事は楽だから」

 山口が武田に言う。

 山口は30代の男性、武田と同じ期間社員である。

 身長は175cmくらいで、体重は100kgを超えていた。作業服がピチピチである。

「はい、よろしくお願いします」

 山口に頭を下げる武田。


「ニャッハッハッ、異物なんか無いから、半分寝ながら座っていればいいんですよ」

 山口は、奇妙な笑い声をあげながら武田に言う。


「武田さん、ここに座って」

「はっ、こうですか?」

「そう。それで、酒のビンを見るんです。それだけです。後ろにベテランが二人いるから寝てても大丈夫ですよ」

 山口は、たったそれだけの説明を言ってどこかに行ってしまった。


 座って酒のビンを見ているだけ?

 もっと何かないのかな?

 寝ててもいいなら楽な仕事だな。


 仕事が始まり、武田の目の前を酒のビンが流れる。

 ビンの後ろには弱いライトがあり、光でビンを照らして異物が見えやすくなっていた。

 武田は検ビンの一番手。

 その後ろに、少し離れて二番手、三番手と三人でビンの異物を検査する。

 一番手は新人で、二番手、三番手はベテランが務める事が慣例化している。


 ビンを見ていればいいのか?

 異物って、どんな物があるんだろう?

 もっと具体的に教えて欲しかったな……


 ひたすらビンを見る武田。

 目の前を流れるビンは1本2秒程度で次から次と左から右に流れていく。



 昼休み。

「武田さん、どうですか? 簡単でしょう?」

 山口が話しかけてきた。

「ビンが流れるのが速くて大変です。ビンのどのへんを見ればいいのでしょう?」

「後ろにベテランさんが二人いるから、見ているふりでいいですよ。ニャッハッハッハ」

 山口は奇妙な笑い声を上げて去って行った。


 見ているふりって、そういうわけにはいかないだろう……


 午後からの仕事中、武田は眠くなって検ビン作業中に座ったまま寝てしまった。


 ガン!!

 武田の椅子を足で蹴る坂本班長。

「武田! なに寝てるんだ! 仕事しろ! オペレーターも出来なくて、検ビンもできないのか?」

 ハッと我に返る武田。

「はっ、申し訳ありません!」

 ひたすら謝る武田。

「まったく、次、寝てたらクビにするぞ」

 そう言って去っていく坂本班長。


 冷や汗が出る武田。

 なんだい、寝ててもいいって言ったじゃないか……



 仕事が終わり山口に話しかける武田。

「いや〜、ご飯を食べたら眠くなって、本当に仕事中に寝てしまい、坂本班長に怒られましたよ」

 武田は軽い感じで山口に行った。

「武田さん、仕事中に本当に寝たらダメですよ。僕が言ったの冗談ですからね。ニャッハッハッハ」

 山口の奇妙な笑い声で武田の堪忍袋が破れた。


「冗談って……仕事なんだからちゃんと教えて下さいよ!」

「……なんだ、あんた。俺に文句言うの? 新人のくせに、新人は、はい、はいって上の者の言うことを聞いていればいいんだよ!」

 山口は、そう言うと近くにあった机を蹴飛ばして行ってしまった。


「武田さん、山口さんは調子のいい人で上の人にはペコペコして仲良くして、自分より下の人にはひどい態度をとるのよ。仕事もあまり出来なくて、検ビンも本当に寝てたのよ。坂本班長も知ってるのに山口さんは班長と仲良くするから何も言われなかったのよ」

 検ビンの二番手のおばちゃんが話してくれた。

「そうなんですか……山口さん、仕事の仕方も全然教えてくれなくて……」

「山口さん、本当に仕事の仕方を知らないのかもしれないわよ。いつも笑ってごまかすのよ。二番手と三番手に頼り切りね」



 その後、朝に武田が山口に「おはようございます」と挨拶すると、山口は「うん」と顔をわずかに下げるだけだった。

 山口から武田に挨拶することは無い。

 朝、武田の前を通っても無視していた。


 山口は、ニャッハッハッハと笑いなが、上の者には、愛想良く話しかける。

 武田の事は冗談のわからない奴だと言いまくっていた。

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