第20話「膀胱が痛い」

 職業訓練のパソコン教室の目的は就職することである。

 資格試験も目的のひとつではあるが、最優先事項は就職であり、就職のための資格試験である。


 3ヶ月の職業訓練もあとわずか、就職に向け企業に応募する者、面接を受ける者が多くなった。

 武田も一社応募していて、その会社から電話で面接したいと言われ、明日、面接することになった。



「武田さん、よかったね。面接するということは採用の見込みがありますよ」

 隣りの席の早坂さんがよろこんでくれた。


「応募資格にニ級ボイラー技士とパソコン入力程度とあったので応募してみたんですよ。定年が60歳なんで無理かなと思ったんですが、延長65歳と書いてあったんで一応応募してみました」

 照れながら話す武田。

 周りの女性達も頑張ってとはげましてくれた。



 ❃



 面接当日。

 この日、武田の車は故障して修理に出していた。

 バスで行くか、タクシーなんてもったいないもんな。こちとら失業者だ。節約、節約。


 面接する会社までの道をスマホで調べ、自宅から到着するまでのバスの時間もスマホで調べられる。便利な時代である。

 しかし、パソコンを習う前の武田はスマホは持っていてもメールと電話だけで、インターネットは怖くて使えなかった。


 パソコン教室の授業ではインターネットの使い方もあり、就職に向けてバスの発着時間の検索方法も教えてもらっていたので武田も使えるようになっていた。


 バスで行くとけっこうあるな、一本で行けるが町中を抜けていくのか、30分近くもかかるな……


 背広を着てバス停に向かう武田。

 面接する会社は市から委託されて、市の持っている音楽や演劇を見せる施設で、その施設管理の募集だった。


 給料は安いけど、昼勤だけだし市の施設だから悪い会社ということはないだろう。

 65歳まで働ければ年金をもらって、あとは悠々自適だな。


 バスに乗っている30分は、けっこう長い。この頃の武田はパソコンの資格試験に向けてひたすらタイピングの練習をしていた。

 自宅では、コーヒーを好きなだけ飲み、スナック菓子も食べながらである。

 指に油が付くのは嫌なので箸を使ってスナック菓子をつまんで食べていた。ポテトチップスが大好きで一袋なんて当たり前。時には二袋も食べて、さらにチョコレートもバリバリ食べていた。

 頭を使うから糖分は大切だと自分を納得させて食べていた。そのせいで夜に異様に喉が渇き水をガブガブ飲むようになっていた。

 しかも、この時に飲む水がとても旨く感じてコップに何杯も飲んだ。当然、飲んだら出る。


 武田は夜中、2時間おきに起きてオシッコをしていた。



 ❃



 バスは目的地に着いた。

 武田は緊張もありオシッコがしたくてしかたがない。しかもなり、早く出さなければとあせった。


 長距離バスじゃないからトイレなんてついてないもんな、30分くらい大丈夫だと思っていたけど、やっぱり、こういう時はコーヒーは飲むんじゃなかったな……


 武田は朝からコーヒーを飲み、カバンの中にもペットボトルのコーヒーが入っていた。


 辺りを見回すとコンビニがある。

 助かった! コンビニのトイレを借りようと店に入る。

 一目散にトイレに……

 使用中だった。

 このコンビニにはトイレは一つだけで、小便用のトイレは無かった。


 なんで入ってるんだよ! ちくしょー!

 武田の膀胱は痛くてしょうがない。

 コンビニの裏に行って立ちションするか?本気で考えた。

 トイレの前で待つがなかなか出て来ない。

 もう、漏らすか、立ちションするかを迫られていた。


 トイレから人が出てきた。

 武田は何くわぬ顔をしていたが、心の中は鬼のようであった。

 何分トイレに入っているんだ!

 公共のトイレなんだ! しかもひとつだけなんだ! と心の中で叫んでいた。


 無事トイレで用を足せた武田は、それだけで満足だった。

 いい歳をして漏らすわけにもいかないし、背広姿で立ちションを見られるのも嫌だしな……

 頻尿はいつもの事だけど、膀胱が痛くなったのは初めてだな、俺の膀胱も傷んできたのかな……

 そんなことを考えながらコンビニで雑誌を買って出た。


 ❃


 面接が終わり、町中までぶらぶらと歩き、チェーン店の牛丼屋で食事をした。


 面接官、ボイラーの経験が無いことを言っていたな……高校生の時に取った資格で一度も使ったことはないもんな……


 少し買い物をしてバスで帰ることにした。

 時刻は夕方、バス停で待つ人も多い。


 武田は前から4番目に並んでいた。後にも何人も並んでいる。

 バス停に向かい右側に列ができている。

 そこに、女子高校生の集団が来てに並んだ。


 バスが来て窓越しに中を見るとけっこう空いている席がある。前から4番目に並ぶ武田は座って帰れると思った。

 1番目、2番目の人がバスに乗り込む、しかし、3番目の男が止まった。

 3番目のは女子高校生の集団に先に乗るように右手を伸ばしてバスの入口に向け、どうぞどうぞとやっている。

 先頭の女子高校生は少しためらったが喜んでバスに入っていった。後に続く女子高校生達も3番目の男に会釈しながらゾロゾロと乗り込み8人も乗りこんだ。


 3番目の若い男もバスに乗り優先席に座ってニコニコしている。


 武田がバスに乗ると、すでに座席は空いてない。しかたなく立って帰ることになったが、吊り革につかまるとバスの発進、停車でバスが揺れるたびに五十肩が痛んだ。


 武田も武田の後に並んでいた人も3番目の若い男を睨んでいたが、3番目の男は女子高校生達に感謝されてご機嫌だった。



 ❃



 後日、手紙が届き、武田は不採用だった。


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