第22話「自転車」
武田は自転車でパソコン教室に向かっている。車が故障して、まだ直らないからだ。
バスでも行けるのだが、通勤時間で混んでいるだろうし、吊り革につかまると、バスが揺れると五十肩がズキンと痛むので自転車にしたのである。
ママチャリも乗りやすいが自転車ってずいぶん久しぶりだな。
自転車といえば、高校生の時を思い出すな……
❃
武田は高校生になると、当時流行っていたスポーツタイプの自転車を貯めていたお年玉で買った。
高校3年生の夏休み、自転車で遠出をしたいと思い、テントと寝袋を買って自転車で旅行に出かけた。
たいした計画もなく適当だったが、とにかく自転車で遠くに行ってみたかった。
1日100kmくらいを走り、夕方になったら空き地を見つけてテントを張って寝ていた。
ある時、町中で夕方になり空き地が無い。
テントを張る場所に困って、坂を登ると空き地のような所がありそうで登ってみた。
そこは空き地でテントが張れた。
やれやれと思い、オシッコしてから寝ようと草むらを歩いた。
もう、日は暮れて、周りに灯りもなく真っ暗だった。
このへんでオシッコをしようと足を止めて用を足す。
ふと、足もとを見ると左足が半分ガケから出ていた。
武田が足を止めたのは、草むらでわからなかったが、切り立った崖で地面まで10数メートルくらいあり下はコンクリートだった。
あの時は、本当にヤバかった。
あと半歩歩いていたらコンクリートの地面に落ちて、良くて骨折。最悪はあの世行きだった。
今、考えても冷や汗ものである。
オシッコと言えば、自転車での旅行に出て3日目だったかな?
オシッコが出なくて出すと痛かったな〜
当時は分からなかったが、スポーツタイプの自転車はサドルが細くて股関にくい込むから尿道を圧迫して、一日中自転車に乗っていると尿道がいたんでしまったんだな。
あの自転車は売れていたから、同じようにオシッコに苦しんだ人も多いんじゃないだろうか?
そういえば、自転車旅行で海岸でテントを張った時は驚いたな……
波音が人の声のように聞こえて不気味だったし、海の上の月を見てたら、月が動いたもんな。
あれはなんだったんだろう?
武田が海岸でテントを張って、夜中に起きてテントを出ると、海の上には綺麗な満月があった。
満月を見ていたら自分の方に来るように見えた。
ふと左側を見ると、そこにも月があった。
これはなんだ!?
近づく満月のような物に怖くなりテントの中に隠れた。
しばらくたってからテントから出てみると、満月のような物はすでに無く、左側には月が出ていた。
40年近く前の事だが、武田は今もハッキリと思いだす。そして、テントに隠れないでしっかり見るべきだったと後悔するとともに、カメラがあればと残念に思っていた。
あれは、いったいなんだったのか?
今だに不思議に思う。
テントで寝ると恐怖を感じるので駅のベンチで寝たら、朝起きると目が腫れていた。
なんだ? 寝てる間に殴られたのかとも思ったが、よく考えたら虫に刺されたようだ。
そうか、テントに入って寝るのは雨風をしのぐ為と思っていたけど、虫に刺されない為もあると、その時に気がついた。
坂道を登っていると自転車では登れなくなりなり、降りて自転車を押して歩いていると、しつこく虫が近づいてきた。
追い払っても逃げない。
気がつくと肩に止まり血を吸っている。
あわてて取ろうとするが、これが取れない。そこまでして血を吸いたいのかと思うほどだった。
当時、自転車で遠くを走りまわる若者も多く、日本一周をしている人も何人かいた。
武田は子供の頃、週刊誌で連載されていた自転車で日本一周をする漫画を読んでいた。
あの頃から自転車で旅をすることにあこがれがあったようだ。
しかし、現実は尿道は痛くなるし、お尻も痛い。虫には刺され、日焼けで皮膚もボロボロ。
当時の武田は虫よけスプレーも日焼け止めも使ったことがなかった。
一週間ほどで帰る道を選んだ。
自転車を捨てて電車で帰ろうと本気で考えたが、やっぱりもったいないので自転車で帰った。
計画的にやるのが苦手で、思いつきで、ちゃんと調べない。それが武田の悪いクセだった。
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