第14話「箱ティッシュ」

 お昼休み。

 武田はコンビニの弁当を食べている。


 一文字さんが早坂さんに何かを渡している。

「武田さんもよかったら、どうぞ」

 手作りのクッキーのようだ。

 お裾分けでもらった。



「前に気持ち良くオシッコが出る方法を教えたんですよ。手作りクッキーをわざわざくれるということは、上手くいったようですね」

 早坂さんが、さっそくクッキーを食べながら武田に話す。


「オシッコが気持ち良く出る? ですか……」


「歳を取るとオシッコも詰ったり漏れたりするんですよ」

 武田は頻尿ではあるが、オシッコは気持ち良く出る。

 男性は歳を取ると前立腺が大きくなり、詰まりぎみになってオシッコを出してる時間が長くなるのが普通のようだ。


「武田さんは、まだ詰ったりしませんか?」

「オシッコですか? 出るのは多いですけど出ないということはないですね」

「それは、いいですね。歳を取るとオシッコを出すのも大変になるんです」


「そんなもんですか……」

「武田さんもオシッコが詰まらないように、今からやっといたほうがいいですよ」

「その、オシッコが詰まらない方法ですか?」


「そう、気持ち良く出す方法」

「どうやるんですか?」

「簡単ですよ。誰でもできる。でも、人前でやると変態と言われますよ」


「変態と言われるのは嫌ですね……女房はよく僕に変態と言いますが……」

「奥さんに言われるのは辛いですね」

「僕の奥さんは、けっこう言葉がキツイですよ。顔は綺麗で外ヅラはいいんですが、ちょっとわがままなんです。気に入らない事があると“ドン!”と物を置いたりしますからね」


「美人の人は、けっこうそういう事が多いようですよ。チヤホヤされるのが当たり前と思っているのか、不満があると我慢しない。かえって一緒に暮らすなら美人じゃないほうがいいかもしれませんね」

「早坂さんの奥さんは……」

「私の奥さんですか? 顔は並です。歩いていても誰も振り返りません。そのくらいがいいですよ。家の中で文句も言いませんし」


「そうですか、僕は自衛官だった時に結婚したんですが、とにかく綺麗な女性が好きで、綺麗な奥さんを仲間に見せるのが自慢でした……」

「綺麗な女性はいいですよ。私は、この歳になっても綺麗な女性と話をしているとドキドキして若返りますからね」


「僕も綺麗な女性がいる店には、ふらふらと入ってしまいますね。でも、一緒に暮らすには大変なのかもしれませんね……」

「本当は、顔は関係ないのかもしれませんが、小さな頃から親に溺愛されて、怒られないで育つと、ちょっと世間からずれた人になるかもしれませんね」


「僕の奥さんも、それですよ。親が溺愛で、結婚した当初は料理も裁縫もひどいものでした」

「やっぱり、家庭でやってないと出来ないですよ。そういえば、この間、小さなラーメン屋さんに入ってラーメンを食べてたんですよ」

「有名な店ですか?」


「いえ、ぜんぜん、たまたま、お腹がすいたので入った店でしてね、ラーメンは普通だったんですが、私がカウンターで食べてると、私の目の前にある箱テッシュを何にも言わないで後から手を伸ばして持っていくんですよ」

「従業員の人ですか?」


「いやいや、客なんです。若い女の子なんです」

「それは、ちょっとマナーが悪いですね」


「彼氏と来ていたようで、自分の席のティッシュが無くなって、別のを探していたのでしょう。私の姿は見えなかったのか、まるで誰もいない所から持っていくように持っていきましたよ」

「あれですか、自宅でも同じような事をして、親も注意しないから、当たり前と思っているってことですか!?」


「そうです、そうです。女のコは彼氏の為に箱ティッシュが欲しかった。私が使うことなどみじんも考えなかったんでしょうね」

「早坂さんは、女の子に何か言ったんですか?」


「いやいや、困った子だなと思いましたが、文句を言って、彼氏に殴られるのも嫌ですからね」

「その彼氏というのは、ヤバイ感じの人だったんですか?」

「いや、いや、普通の感じの人でした」


「そうですか、その店には、他に箱ティッシュは無かったんですか?」


「狭い店なので、2つしか置いて無かったんです」

「しかし、人の目の前から黙って持って行くというのはダメですね。彼氏も彼女に注意するくらいじゃないと……」


「可愛い女の子だったので、誰もそれくらいの事では言わないのでしょうね。女のコも注意されないので気づかないようです。ひょっとしたら、気づいていて、年寄りだから何にも言わないと計算してやったのかもしれませんけどね……」


 

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