第12話「男性も座ってする?」

 検定試験の翌日。パソコン教室。


「武田さん、具合悪そうですね?」

 となりの席の早坂さんが武田を見て言う。

「昨日、家に帰っても試験の興奮が残っていまして、嫁と居酒屋に呑みにいったんですよ」

 武田がポツリポツリと話す。


「それは、仲が良くていいですね」


「仲がいい? とんでもない! 昨夜は嫁と大喧嘩ですよ……」


「武田さん奥さんとケンカしたの?」

 たまたまそばにいた、同じクラスの一文字さん、元、看護婦さんで定年退職して職業訓練に来ているらしい。


「嫁がね、トイレを座ってしてくれっていうんですよ! それで、男が座ってオシッコなんかできるかって言ったら、怒る怒る! 店の中で泣きながら怒鳴りだしたんですよ……」


一文字「あ〜っ、トイレね、昔は男の人は、立ってするのが当たり前だったものね……」

中林「武田さん、今は男性も座ってオシッコをする人は多いんですよ」


 中林さんも、元、看護婦さん。30代の女性である。


「まさか、男性が座ってオシッコなんかしないでしょう!?」

関田「しますよ! 家では、息子に座ってオシッコをさせてます」


 関田さんは、元、医療事務の仕事をしていた、子供のいる30代女性。


「まさか、男性が座ってオシッコをするのか!? 岡崎くん、岡崎くんはどっちなんだ?」

 武田は、前の席にいる男性、岡崎くんに尋ねている。


「あ〜〜っ、ぼくは座ってオシッコします」


中林・関田「ほ〜〜ら!」なんか、勝ち誇ったように武田を見ている二人。


武田「そんな馬鹿な、自衛隊では、座ってオシッコをする奴なんて聞いたことないぞ!!」

関田「武田さん、もう、時代が違うんですよ。男性が立ったままオシッコをするとトイレが汚れるんです!」

中林「私の家でも、旦那に座ってやってもらってますよ……」


「……早坂さん、早坂さんはどっちです?」


早坂「わたしは、さすがに立ってしてますよ。91年も立ってしていますからね……」

一文字「高齢の男性は、いまさら座ってオシッコをしてと言われても困るでしょうね……自衛隊のトイレってオシッコ用の立ってできる便器があるんじゃないんですか?」


武田「あるよ、小便用! ずらりと並んでいるよ! みんな立ってオシッコしているよ!」


一文字「だから知らないんじゃないですか?病院でも男性のトイレはオシッコ用と個室があるんですが、家庭では洋式トイレがひとつなので男性でも座ってオシッコする人は多いんです」

武田「そうなのか!? 男子たるものオシッコは立ってするべきじゃないのか!?」


関田「汚れるのよ、トイレのフチも床も汚して、あたしも旦那とそれで喧嘩して、今、別居中なんです!」

武田「そんなことで別居するのか?」


関田「汚いじゃないですか、酔っ払ったら、もう最悪!」


中林「それわかる。ウチの旦那も酔っ払ったら立ってするから、トイレが凄い汚れるの」

武田「汚れるったって、少し付くくらいじゃないか?」

中林「いやいや、もう床もベタベタになるくらい、嫌がらせでやってるのかってくらい汚すのよ」

武田「酔っていると、たまにはあるよ……狙いが外れるんだ。朝とかもね……」

中林「朝ってなに? 朝は上手く入らないの?」


武田「いや、なんでもないです……」

早坂「武田さん、まだ若いね! それだと座ってしたら、それはそれで大変なことになるね……」

中林「何それ……」



(関田さんも中林さんも気にし過ぎじゃないかな? たかがオシッコ、それも、少し便器につく程度だろ)

 武田は自衛隊にいたせいか、男性中心に考えるクセがついていて、便器の汚れを女性が嫌がるなんて全く考えもしていなかった。

 トイレ掃除も家庭ではしたことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る