第13話 決戦の時

 明け方から準備を整えていたミレナたちは、ついに決戦の時を迎えた。

 ラッパの音が高らかに鳴る。全軍、前進。


「やっとこの技を試せる時が来たべ。これまでは近接戦じゃったから威力が分からんかったが……ここからなら行ける!」


 ミレナは魔法の銃を構えた。そばについていたロモロは、ぎょっとしたようだった。


「ミレナさん? どうなさったんですか? ここから敵軍まではかなりの距離がありますが……」

「距離があるうちにやっちまわねえと、こっちの身が危ねえですから!」


 ミレナはどんと地を踏んで構えの姿勢を取ると、普通なら明らかに射程距離外にいる敵に対して、銃弾をばら撒き出した。元より数を減らしていたシェルべ兵たちが、更になす術もなく軒並み餌食になっていく。

 ロモロや魔法兵士たちが唖然としてミレナを見ている。


「ふう」


 ひとしきり魔法を使い果たしたミレナは、回復のため銃を下ろした。


「まだまだ……これじゃあ足りんか……」


 正確な数は把握していないが、ミレナが撃った敵の三分の一ほどが元気に立ち上がって猛進してくる。


「ルイゾンめ、厄介な魔法を使うもんじゃな。キリが無え」


 その時、ドォンと爆音がして、自陣営から大砲が発射された。


「うわっ」


 更に、魔法兵士の弓兵が、近寄ってきた敵を迎撃する。


「ひえっ」


 ミレナは一旦、盾兵の盾の後ろに隠れた。


「もうここまで敵が近寄ってきたべか……」

「ルイゾンの力を信用しているからこそ、無茶な前進も可能なのでしょうね」

「うう〜、早くルイゾンの奴を引っ捕らえて、魔法を封じてやらにゃあ……!」


 ルイゾンの動きを止めることはできると把握している。あとは周囲の邪魔な敵兵をいかに一掃するかだ。

 ミレナはまだずきずきと痛む頬の傷を気にかけながら、魔力の回復を待った。


「よし……!」


 ミレナが立ち上がると、盾兵やロモロもミレナについてきた。


「ルイゾンは……あそこにおるな」


 ミレナは目を凝らしてその姿を確認した。


「まだ一瞬で致命傷を与える技術は身についておらんが……今ここで何とかしちゃる! 周りの敵兵は誰一人として回復させねえからな!」

「ミレナさん、くれぐれも無茶はなさらず……! 慎重に行動してください!」

「分かってます! さあ、また始めるべ……!」


 ミレナが銃の乱射を始めると、ルイゾンの周りの敵兵たちは大騒ぎになった。倒れていく敵兵の中で、再び立ち上がることができている兵は、先ほどより大幅に減っている。


「よし……! うまくいっとるべ」

「ミレナさん、一体どうやって……」

「んー、何かこう、ぐわーっと集中したらできました!」

「ぐわーっと」

「はい! まだまだやりますよ!」


 ミレナはルイゾンとその周辺を集中的に狙った。ルイゾン自身にも絶え間なく銃弾が当たるので、ルイゾンも魔法が使いづらいようである。これは儲け物だった。


 だが、もうあと一押しが足りない。市街戦で数を減らしたとはいえシェルべの兵はそれなりにたくさんいるし、彼らはルイゾンを守らんと行動するので、隙が生まれにくい。だがあちらが防戦に徹しているならばこちらの有利。連合軍はシェルべ軍を取り囲むようにして両翼から進軍して行った。


 遠目から見ても分かるくらい、ルイゾンは黒い布の下で怒りの形相をしていた。馬に乗って周囲に号令をかけようとするが、その隙も与えずミレナが発砲するのでうまく指揮が取れていない。

 だがそれも決定打にはならない。ミレナたちの手だけではルイゾンを追い込みきれない。

 ミレナが険しい顔で更なる連射を決めようとした時、敵軍から光の矢が飛んできて、ミレナの左の手首に刺さった。


「うわあ!」


 ミレナは思わず銃を消してしまった。


「ミレナさん!」

「敵の魔法兵士の矢だべな……!」


 幸い刺さりが浅かったので、ミレナは無理矢理その矢を引っこ抜いてしまった。すると傷口が広がって血がどっと噴き出した。


「ありゃあ」

「ミレナさん、一旦退いて止血を!」

「分かりました!」


 ロモロがミレナの右手を引いて後ろまで連れて行った。これを好機と、シェルべ軍が攻勢を強める。


「ああ、私が怪我しちまったばっかりに!」

「こればかりは仕方がありませんよ。今は早く手当てをしなければ」

「ううー」


 ミレナが唸り声を上げた時だった。

 ミレナたちの右側から、馬のいななきが聞こえて、誰かが突撃してきた。


「!?」

「ミレナ! 下がって手当てを受けろ! 後は僕らが引き受けるッ!」


 輝く馬に二人乗りで飛び込んできたのは、ヴィットとエーファだった。更に続くのは新人のマルタだ。その背後には、デニスとキーカと、大勢のペーツェル・ロゴフ連合軍。


「みんな……! 来てくれたんだべか!」

「デニス! キーカ! ミレナを援護しろ!」

「はいっ!」

「マルタは俺たちについて来い!」

「はいっ!」


 新米二人は隊列の後ろに回って、ミレナとロモロのところまで駆けつけてきた。


「ミレナさんっ、お怪我は大丈夫ですかっ!?」

「うん、大丈夫だ」

「何をおっしゃいますか! 血がこんなに……」

「ちょっと掠っただけだべ」

「君たち、ありがたいけれど少し静かにしてくれませんか」


 ロモロは不平を言いながら、ミレナに包帯を巻き終えた。


「ミレナさん、ここはしばらく退いて……」

「いんや、ロモロさん。私も前線に行きます。この程度の怪我なら銃は持てると思うんで」

「しかし……」

「エーファがいる限りヴィットが危ない目に遭うとは思わんですが、万一のことがあります。私は最善を尽くしてえんです」


 ミレナはすっくと立ち上がった。


「ロモロさん、来てくれますか。……ルイゾンを止めるために」

「……。分かりましたよ」


 ロモロも諦めの表情で立ち上がる。


「出会って以来、ミレナさんのわがままは初めて聞きました。ここは聞き入れておきましょう」

「ありがとうございます! デニスもキーカも、よろしくなぁ」

「はいっ!」


 二人は声を揃えた。

 デニスの盾に身を隠し、キーカの弓に頼りながら、ミレナたちは最前線まで走った。ルイゾンの周囲には丸く円を描くように盾が張られていて、その中心でヴィットとマルタが今まさにルイゾンを槍で貫いているところだった。

 だが、ルイゾンからは一滴の血も流れてはいない。


「エーファ!」


 ミレナは呼ばわった。


「私らを中に入れてくれ!」

「あ、分かった……!」


 エーファが盾をどかした隙から、ミレナたちが突進する。


「どうなさるつもりですか、ミレナさん?」

「どうって、ロモロさんが鍵ですよ!!」

「僕が?」

「私たちがロモロさんを守りますから、ロモロさんは縄をかけてください!」

「承知しました……! ……しかし、馬上の人間を縄で縛るとなると……」


 思案していたロモロを、急に空中へと引っ張り上げた者がある。


「アンネッタ様!?」

「いちいち騒がないでください。ここが正念場ですよ。早く魔法封じの縄をかけなさい」

「は、はいっ」


 ロモロは縄をルイゾンの頭にかけようとした。ルイゾンは猛然と抵抗し、暴れようとしたが、ヴィットとマルタの槍のせいでうまく身動きが取れない。


「待ちなさい。そうはさせませんよ」

 更に誰かが加わる。上を見ると、アデライドが無表情にアンネッタを見下ろしていた。

「アデライド……」

 アンネッタはキッとアデライドを睨みつけた。

「私から逃げ切ったからといって、驕ってはいませんか?」

「そんなことはありません。ただ私には、シェルべに勝利をもたらす義務があります」

「うるさいですね」


 アンネッタはロモロを片手でつまんだまま、アデライドに強烈な蹴りを食らわせた。アデライドは軽く吹っ飛んでしまい、どさっと盾の向こうの地面に落ちた。


「……体術では負けませんから」

 アンネッタは言う。

「さあ、ロモロ、皆さん、とどめを刺すのです」

「……は、はいっ」


 天使同士の戦いに思わず見惚れていた面々は、気合を入れ直した。


「私も加勢するべ!」


 ミレナが銃をたくさん撃てば、回復のためにルイゾンの動きが止まるのは、検証済みだ。ミレナはルイゾンの後ろに回ると、ここぞとばかりにルイゾンに弾丸をぶちこんだ。

 ルイゾンの動きが更に遅くなる。


「今じゃ! ロモロさん!」

「うおおお!」


 ロモロは聞いたことのないような気合の入った声を上げて、ルイゾンの首に縄をかけた。ぎゅっときつく縛って、器用に後ろでゆわえる。


 途端に、ルイゾンの体のあちこちから血が噴き出した。

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