第12話 天使の介入

「見たところ、ルイゾンは致命傷以外の傷は全て治せるようですね。さらに自分のことに限って言えば、致命傷になる前に、攻撃を止めることすらできるようです」


 アンネッタはペーツェル語ですらすらとそう言いながら、ルイゾンのこめかみをぐりぐりと踏み躙っている。


「ってえことは、私の銃弾が、内臓とか脳みそとか太い血管に届く前に、止められちまってるんですか?」

「そうですね」

「あれまあ……そしたら、どうすれば……」

「簡単です」


 アンネッタは肩から下げた袋をごそごそと漁り、一束の縄を取り出した。


「あっ、それは……魔法封じの縄!」

「その通りです。これでルイゾンを縛ってしまえば……うぐっ」


 突然、アンネッタの後ろから白い何物かが飛んできて、アンネッタの後頭部に直撃した。アンネッタはルイゾンから足を離して、ドシャッと転んで地面に伏してしまった。


「アンネッタ様!?」

 ミレナとロモロは声を揃えた。

「……もう」

 アンネッタは顔色ひとつ変えずに、後ろを振り返った。

 そこには白い長髪の、生真面目そうな顔つきをした天使が浮かんでいた。


「……アデライド。今、いいところだったんですよ」


 アンネッタはにっこり笑って言ったが、言葉の端々から怒りが感じ取れた。

 アデライドといえば、シェルべ王国の天使の名だったはずだ。まさか他国の天使がぶつかり合う様を見ることになるとは思っていなかった。


「……ルイゾンは回収させていただきます」


 アデライドは感情のこもらない声で淡々と言った。


「そういうわけにはいきません」


 アンネッタはすっと浮かび上がってアデライドに襲いかかった。アデライドは華麗に攻撃を躱すと、急降下して、気絶しているルイゾンの手を取った。その隙にアンネッタが容赦なく拳をアデライドの頬に食らわせたが、アデライドは全く怯むことなく、ルイゾンを連れて空高く舞い上がった。


「お待ちなさい!」

「お断りします」


 アデライドとアンネッタは猛烈な速さで空を飛んでゆき、見えなくなってしまった。


「……それで、ロモロさん、みんなの安否は……」

「残念ながら、ウーゴも、義勇兵の御三方も、息はありません」

「そんな……」


 ミレナは悲しみに顔を歪めた。

 彼らがいなければミレナたちもここまで戦うことはできなかった。ミレナはまた、大切な仲間を喪ってしまった。


「あとは……アンネッタ様の勝利を願うしかありませんね。これで勝敗が決まると言っても過言ではありません……」

「そうですね……あ、これ」


 ミレナは地面に落ちていた縄を拾い上げた。


「アンネッタ様が落として行かれたみたいです」

「持っておきましょうか。何かと役に立つでしょうし」

「はい……」


 それから、ミレナはウーゴの元に行ってしゃがみ込んだ。


「ウーゴさん……私が考え無しに飛び出しちまったせいで……。本当にすまねえことをしちまった……」


 ミレナは、見開かれたままのウーゴの目をそっと閉じさせてやった。ロモロも痛ましい表情でそれを見守っていた。ぽたっ、とミレナの頬から血が滴った。今まで忘れていたが、頬の傷からはかなりの量の血が出ていて、軍服を濡らしていた。

「あ……止血をせにゃあならんな……」

 ミレナはハンカチを取り出して頬に当てた。

「大丈夫ですか」

「はい」

 それからしばらく、ミレナたちが四人の死を悼んでいると、突如、連合軍の伝令係が馬で駆けつけてきた。


「もにょ! もにょもにょもにょ」

「! もにょ」


 ロモロは目を丸くした。


「何ですか?」

「連合軍とシェルべ軍が海戦をしていることはご存知ですよね? その戦いに連合軍が勝ったそうなのです」

「へえ!」

「これで南の制海権は僕たちのものです。ペーツェルやロゴフからの増援が見込めます」

「そうなんですね。そいつは心強いなあ……。そしたら、あいつらも来るじゃろうか」

「あいつら?」

「私の同僚です。すんごく強ぇんですよ」

「なるほど」


 伝令係は馬を走らせて去っていった。それと入れ替わるようにして、アンネッタが無駄のない身のこなしで空から降りてきた。


「すみません。負けました」

「アンネッタ様」

「やはりアデライドに速さで勝つのは難しかったようです。せっかくの好機をふいにしてしまいすみません」


 ミレナとロモロは狼狽した。


「あ、謝らねえでください」

「機会ならきっとまた訪れますよ」

「……そうですね」


 アンネッタは微笑んだ。


「そう言っていただけて助かります。私が連合軍を率いる天使なんですもの、いつまでも落ち込んではいられませんね」


 それからアンネッタは、地面に倒れたままのウーゴたちの遺体に目を移した。


「ロモロとミレナは、作戦を変える必要がありますね。他の部隊に合流してください。バリケードを作って戦っている者たちがいますから、そこへ案内しましょう。魔法兵士の盾よりも動きは制限されますが、何もないよりは遥かに良いでしょうから」


 アンネッタはさっさと歩き出した。ミレナとロモロは急いで後を追った。


「あのお、アンネッタ様、この魔法封じの縄……」

「ああ、差し上げますよ。ロモロ、持っていなさい。役立つかもしれませんからね」

「承りました」


 アンネッタは周囲を警戒しつつ町中を進んだ。間も無く、小道に築かれたバリケードの元に到着する。バリケードには軍の物資が使われているらしく、かなり頑丈そうで、おまけに敵側に向けて大きな棘のようなものが突き出している。


 アンネッタがもにょもにょと兵士たちに説明をすると、兵士たちはワッと盛り上がった。ミレナとロモロは歓迎されながらバリケードの内側に入った。


 そこでもミレナは目覚ましい活躍を見せた。相手が反撃に転じる間も与えずに弾を撃ちまくり、敵兵を圧倒した。バリケードの前は敵兵の遺体で死屍累々、片付けるのも一苦労だった。


 だが、入り組んだ街の中では、ミレナの能力を十全に活かすことはできなかった。シェルべ軍は多大な犠牲を払いながらも、町を占拠し、マウロ王国の首都に向けて更なる前進を始めた。

 連合軍はシェルべ軍に追われる形で、このままでは河原まで追い詰められるという。


 状況をロモロに通訳してもらったミレナは、「ぐわああーっ」と頭を抱えた。

「私の力が足りんかったですか……!」

「いや、ミレナさんはよくやってくださいましたよ」

「でも……」

「悔いるのは後です。僕たちも連合軍に合流しましょう」

「ありゃ? 別行動じゃねえんですか?」

「……河原は見通しがききます。ミレナさんが隠れられる場所が無いのです」

「へえ……。じゃあ真正面から敵と戦う感じですか?」

「不本意ながら、そうなりそうですね」

「なるほど……」


 久々の正面衝突である。ミレナは気を引き締めた。


 ロモロは馬に乗るという。マウロ軍の用意した馬に、ミレナも乗せてもらうことになった。馬に直接乗るのは初めてだったミレナは、最初かなりもたもたした。


「えっ、この鞍に乗るんですか」

「はい」

「掴まっちまって大丈夫ですか」

「いいですよ。ほら」

「ひええっ……ええと、ここからどうすれば……」

「僕の腰に掴まっていてください。多少揺れますが、じきに慣れますよ」

「ひょわーっ」


 ミレナたちはマウロ軍の後方支援部隊と行動を共にし、数日間かけてくだんの河原まで進んだ。連合軍と合流して、アンネッタの指示を聞く。全員に対しもにょもにょと説明を行なったアンネッタは、ミレナの元に歩み寄ってこう言った。


「明日にも決戦です。ミレナさんは魔法兵士の盾兵と行動を共にしてください。言葉が通じず苦労するかと思いますが、困った時は私が適宜補助するのでご安心を。……敵はルイゾンの魔法で回復して襲ってくるので、ミレナさんは油断せず一撃で相手を仕留めるよう努めてください。ルイゾンのことは一人で対処しないように。処遇は捕らえてから決めます」

「分かりました」

「よろしくお願いしますね」


 アンネッタは微笑んで、歩み去った。


 やがて日は暮れ、ミレナたちは支給されたポリッジを食べてから各々眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る