第11話 町での戦闘

 作戦立案に関わったアンネッタは見かけによらず策士らしい。彼女の予見通り、翌日にはシェルべ軍が町に侵入してきた。ミレナたち連合軍は、退却してきた連合正規軍の援護として、奇襲戦を仕掛けることになった。

 ミレナたちは義勇兵のうちの一人の家に招かれて、食事をご馳走してもらった。パンとスープだけだったが、とてもありがたいことだった。感謝しながら食べ進める。

 皆が食べ終わった後、ロモロがおもむろに立ち上がった。


「もにょもにょ、もにょ!」

 ロモロは高らかに言った。

「おー!」

 皆が盛り上がる。ミレナは首を傾げた。

「シェルべ軍を町から追い出しましょう、と言ったのですよ」

 ウーゴが説明してくれた。

「なるほど、そうだべか! おー!」

 ミレナも拳を振り上げてそロモロに応じた。


 早速、出発である。路地裏に隠れて機を待つ。


 しばらくすると、義勇兵の一人がミレナたちの元に駆けつけてきた。


「もにょ! もにょもにょ」

 ロモロは頷いた。

「シェルべ軍が来たようです。皆さん、行きますよ!」

「はい!」


 ミレナたちは小道から飛び出して、ウーゴを先頭に大通りの方へと駆けつけた。聞いた通り、シェルべ軍の行列が規律正しく町中を行進している。


「ミレナさん、お願いします!」

 ロモロが号令を出した。

「よっしゃあ、行くべー!!」


 ミレナはウーゴの作った盾から躍り出て、魔法の銃を行列に向かって撃ちまくった。

 シェルべ軍は蜂の巣を突いたような大騒ぎになり、隊列は早々に乱れた。わあわあと悲鳴や怒号が上がる。

 ロモロや義勇兵たちも立ち上がって銃撃を開始した。シェルべ兵たちはこちらに向き直って撃ち返そうとしてくるが、それよりも早くミレナの弾が彼らに届く。まさに息つく間もない攻撃だ。

 それでも、大通りの前後から増援が来ると少し苦しい。彼らに反撃の余裕ができた辺りで、ロモロから再び号令が下る。


「隠れろ!」


 ミレナはさっとウーゴの後ろに引っ込んだ。


「退却!」


 ウーゴを頼りにじりじりと後退し、さっと横道に入る。義勇兵たちは素早い足運びで軽々と小道を駆け、安全な場所までミレナたちを案内した。何人かの敵が追ってきたが、義勇兵たちのお陰で撒くことができた。


「ふう」


 ミレナは緊張を解いた。


「こういう攻撃を繰り返していけばいいんですか、ロモロさん?」

「そうですね。それにしても、予想を遥かに超える成果が出ました。やはりミレナさんを頼りにして正解でした」

「うんにゃ、みんなで頑張った結果だべ。これからもよろしくお願いします」

「ええ、気を引き締めていきましょう」


 その後ロモロとウーゴは義勇兵たちと何やらもにょもにょ話を始めたので、ミレナは座り込んで休憩していた。義勇兵たちがきらきらした目でしきりにこちらを見てくる。ミレナがニッと笑ってそれに応えると、義勇兵たちは嬉しそうにひそひそと騒いでいた。


 その後も義勇兵たちは大活躍だった。町の構造を巧みに利用してミレナたちを手助けした。ミレナは物陰から敵に向かって発砲すること五回ほど、その後の退却まで完璧にこなすことができ、シェルべ軍を混乱に陥れることに成功した。


 やがて昼食の時間になったので、ミレナたちは宿屋に案内された。そこは非常事態ということで無償でスープを提供しているらしい。既に連合軍の兵士が入ってきていて、ミレナたちはスープを受け取る列に並ぶこととなった。


「兵站を破壊した以上、シェルべ兵は食糧を、各々手に持てる程度しか運べなかった可能性が高いです」

 ロモロがスープを飲み込んで言った。

「じきにシェルべから追加の物資が運ばれてくるでしょうが、今はまだその段階ではないでしょう。対して僕たちは、こうして温かい食事にありつけている。今が好機です。ここでしっかり英気を養ってください」

「はい、そうさしてもらいます。いんやあ、うめえなあ」


 ミレナはにこにことスープを口に運ぶ。


「ミレナさんは、何でも、美味しそうに食べますね」

 ウーゴが真面目な顔をして言った。

「だって、うめえですよね?」

「それは、そうですね」

 ウーゴが頷いて、匙を動かした。


 腹ごしらえを済ませたところで、再び戦闘である。


「はあーっ!! こいつを食らうんじゃあーっ!!」


 ミレナの弾丸の連発も絶好調、敵兵はばたばたと倒れていく。

 ところが、である。

 ミレナの銃弾に倒れた人のうち何名かが、墓場から蘇った死霊のように、ゆらりと立ち上がった。


「! 何じゃ!? もしかしてルイゾンが近くにおるんか!?」

「──ミレナさん、隠れて!!」


 ロモロの掛け声にはっとしたミレナは、急いでウーゴの構える盾の後ろに入った。途端に、ダーン、ダーン、と透明な盾に銃弾が当たり始める。


「あ、危ねえ……。二人とも、ありがとうございます」

「一旦退却しましょう。こちらへ……」


 ロモロにそう言われたが、ミレナはしゃがみ込んだまま、目を丸くして大通りの方を見ていた。


「……ミレナさん、どうしました?」

「奴じゃ……」

「えっ?」


 立ち上がったシェルべ兵たちの後ろに、顔に黒い布を付けた茶髪の偉丈夫が立っていた。


「ルイゾン・ディオール! こいつだけは、私がとどめを刺してやらにゃあいかん!!」


 布に隠れてよく見えなかったが、ルイゾンは微笑んだようだった。


「むにゃむにゃ……ミレナ・エルケ」


 残念ながら自分の名を呼ばれたことしか理解できなかったミレナだが、そんなことはどうだっていい。


「そう余裕ぶった態度でいられるのもこれで終わりじゃ! 食らえーっ!!」


 ミレナは全身に闘気をみなぎらせ、銃弾をルイゾンに叩き込んだ。

 ところが、ルイゾンを仕留めたはずの幾つもの弾丸が、ルイゾンの体からぽろぽろとこぼれ出してきた。傷口はみるみるうちに塞がった。ルイゾンは倒れることすらせず、その場に悠々と立っている。それどころか、抱えていた銃剣をこちらに向けて、走ってきた。


「あれまあ!?」


 ミレナは驚きのあまり体が固まってしまった。


「危ない!」


 すんでのところでウーゴがミレナの前に盾を作り出した。ルイゾンの剣の切っ先が当たって、ガキィンと大きな音がした。


「ウーゴさん! 助かりました」


 ミレナは慌てて、前を向いたまま退却を始めた。

 ところが、銃声が轟き、ミレナを守っていた盾が消失した。


「えっ──」


 ミレナが振り返ると、ウーゴが地面に倒れていた。シェルべ兵の銃弾が当たったのだ。


「ウーゴさん……っ!」


 ミレナは駆け寄ろうとしたが、また銃声が響いた。一発の銃弾がミレナの頬を掠っていった。


「痛ったい!!」


 ミレナは衝撃で転んでしまった。


「二人とも!」

「もにょもにょ!」


 ロモロと義勇兵たちがミレナとウーゴを回収しにかかる。二人は抱えられてその場から離脱した。復活したシェルべ兵たちがそれを追う。


「ロモロさん、私はちっとしか怪我してないんで走れます! それよりも迎撃しねえと……!」


 バァンバァンとまた複数の銃声がして、義勇兵たちが三人ともやられた。ウーゴが地面に投げ出される。


「本当に大丈夫ですか、ミレナさん?」

「はい! 下ろしちまってください! 代わりにウーゴさんを頼みます!」


 地面に降り立ったミレナは、再び魔法の銃を握ると、追いかけてくるシェルべ兵を返り討ちにした。今度は慎重に、急所を狙って。


「むにゃむにゃむにゃ……」


 シェルべ兵の屍を乗り越えて、ルイゾンがすたすたとこちらに近づいてきた。ミレナはまたルイゾンを蜂の巣にした。ルイゾンは勢いに押されて歩みを止めたが、また体中の銃弾をぽろぽろと出してしまった。血は多少流れるようだが、傷が塞がってしまえばそれもなくなる。


「どういうことじゃ……銃弾が体の奥に入る前に傷を回復しとるんか……!?」

「むにゃむにゃむにゃ」


 ルイゾンは何か言っている。

 これはどうやらミレナ一人の手に負えそうにない。何か対策を立てない限り、今できることは無い。


「……だからってやすやすとお前に殺されてなるもんか! 助けが来るまで、私はお前をここに足止めして……」


 ゴッ、と鈍い音がした。何かを食らったらしいルイゾンがその場に倒れ臥す。


「何じゃ!?」

「ミレナ、ロモロ」


 倒れたルイゾンを踏みつけにしているのは、マウロ王国の天使アンネッタだった。彼女が空中からの飛び膝蹴りでルイゾンのこめかみを狙ったのだ。


「よくやってくれました」


 アンネッタは大真面目な顔つきで言った。


「今後の作戦について話したいので、さっさとここを片付けましょう」


 

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