第14話 共同での勝利


 ヴィットとマルタの槍が貫いている傷口から、そしてミレナが連射した銃痕から、ルイゾンの血が溢れんばかりに流れている。


「ぐ……ぐあああ!」


 ルイゾンは叫んだ。

 その周囲ではまだ、エーファとデニスが注意深く盾を張り巡らせている。キーカは二人と行動を共にし、盾に近づくシェルべ兵を警戒している。

 ヴィットとマルタはルイゾンから槍を引き抜いた。途端に出血量が大幅に増す。そのままルイゾンは馬から落ちてしまった。


「おっ、死んだべか?」

「まだ分からない……油断するなよ」

 ヴィットが険しい顔で言う。

「そんならもう一発くらい食らわしちまおう」


 ミレナはルイゾンの頭を踏んづけてこめかみに銃口を当てた。ズダダダダダダ、と弾丸が発射され、辺りには更なる返り血が飛び散った。


「お前、一発くらいだと言っただろう」

「ああ、ついカッとなっちまった……でも何発でも結果は同じだべ」

「そ、そうだね……これでようやく、ルイゾンを倒せたね。……もう、盾は要らないかな?」


 エーファの言う通り、シェルべ兵たちは一斉に退却を始めていた。


「ええ、結構ですよ」

 アンネッタが地上に降り立って言う。

「ルイゾン・ディオールの遺体は私が運んでおきましょう。皆さん、ご苦労様でした」


 アンネッタは、まだ血の流れの絶えないルイゾンを小脇に抱え、飛び立って行った。全員、はあーっと溜息をついて武装を解いた。ミレナたちを囲っていた透明の盾も消失し、見えるのは、後ろで勝利を喜んでいる連合軍と、向こうのほうへ敗走していくシェルべ兵の背中、そして自分達を取り囲む河原の景色である。


「大して動いてもいねえのに、どっと疲れが……」

 ミレナはへたりこんだ。

「いえ、ミレナさんは充分、頑張っていらっしゃいましたよ」

「そうですか? ありがとうございます。他のみんなも、すっげえ頑張ってくれて……ありがてえ限りです」


 ほどほどに休んだ辺りで、ミレナたちは立ち上がって、自陣営の天幕のある方へ連れ立って歩いて行った。


 そこには最初から戦っていた連合軍に加えて、後から参戦したペーツェル・ロゴフ軍の面々も出入りしていた。


「ヴィットやエーファは、船でマウロまで来たんか?」

「うむ。海軍が海戦に勝利してくれたお陰で、手っ取り早く現地に着くことができた」

「わ、私、船なんて初めて乗ったよ……すっごく早くてびっくりした」

「ちょうどいいところに来てくれて、私らも助かったべ。ありがとうなぁ、みんな」

「もう、ミレナったら、すぐそうやって人のことを褒める」

「うん? 駄目じゃったか、エーファ?」

「だ、駄目じゃ、ないけど……」


 ミレナたちはそれぞれ器に入ったポリッジと匙を受け取って、そこいらの地面に腰掛けた。


「にしても、今回一番良い働きをしたのは、ロモロさんじゃな!」

「えっ? そうですか?」

「そうですよぉ。魔法封じの縄をかけなければ、ルイゾンは殺せんかったですから」

「あはは……偶然なのに大役を任されてしまいましたね……」

「偶然? どういうことだ、ミレナ」

「あんなぁ、私らが町で戦っとった時、たまたまルイゾンに出くわしてな。そこにまた偶然アンネッタ様もいらっしゃったんじゃ……」


 ミレナはこれまでの経緯を、ヴィットたちに語って聞かせた。彼らは興味深そうに聞き入っていた。


「ロモロさんが、ペーツェル語を話せるお陰で、こんなにうまくいくもんなんですね……」


 エーファは感嘆して言った。


「そうですね……。僕は元々趣味で語学を学んでいましたが、この際、アムザ大陸六ヶ国の言語、全てを学習するのも悪くないかも知れません」

「ありゃあ! そいつはすげえですね!」

「ロモロさん、貴殿は今何ヶ国語話せるのです?」

「マウロと、ペーツェルと、シェルべと、サビア……ですね」

「残すはチャパとロゴフのみ……!? これは恐れ入った!」


 ヴィットはすっかり驚いていた。


「僕も教養としてシェルべ語を学びましたが、趣味でここまで勉強できる者がいるとは……!」

「大したことではないですよ。それしか取り柄のないもので」

「いや、今回は大活躍だったじゃねえですか」

「あはは……本当に偶然が重なりましたねえ……」


 その夜は、男女に分かれてそれぞれの天幕の中で眠った。翌朝、ミレナたちは、船に乗って帰るために港まで行軍する予定である。

 マルタとキーカはさかんに市街戦の話を聞きたがったので、ミレナは言われるがままに話してあげた。だが途中で眠くなってしまったらしい。気づくと朝になっていた。


「ありゃあ」


 マルタとキーカに見下ろされる形で目を覚ましたミレナは、目をこすった。


「おはようさん」

「おはようございます!」

「私、話の途中で寝ちまったべか? ごめんなぁ」

「いえ! 謝らないでください!」

「お疲れのところお話しさせてしまいすみませんでした!」

「二人は優しいなあ」


 ミレナはむくりと身を起こした。


「さあ、行軍に備えるべ」

「はい!」


 ロモロはこのまま町の方へ行って王宮を目指すとのことで、ここでお別れである。すっかり身支度を整えたミレナに、ロモロが顔を見せに来た。


「おお、ロモロさん。わざわざ来てくださったんですね」

「いえ、これでも長期間共に行動した仲間ですから」

「本当にありがとうございます。ロモロさんと……あとウーゴさんにも、私はたくさん助けられました」

「……そうですね」


 ロモロは束の間、下を向いた。


「ともあれ、ミレナさんのお陰で戦い抜くことができました。ありがとうございます」

「いやいや」

「もし休暇にマウロ王国にいらっしゃることがあったら、是非僕に知らせてくださいね」

「ロモロさんも、ペーツェル王国に来てくださっていいんですよ」

「あはは、そうですね」

「……では」

「……はい」


 ミレナとロモロは固く握手をして、手を離した。


「それじゃあ、達者で」

「ミレナさんも、お気をつけて」


 ミレナは、ロモロや他のマウロ兵たちに背を向けて、河原を去った。


 川に沿って歩いて行くと、町が現れた。そこは港湾都市として栄えているらしく、なかなかに活気のある場所だった。他の町と同じく白と赤が基調の家々も、目に鮮やかだ。


 町の一番南側に行くと、ミレナたちの乗るはずの船が停泊していた。船は兵士たちをたくさん詰め込むと、南の海へと出港した。軍の船には初めて乗ったので、ミレナはまた新鮮な思いで船内を見て回った。


 ペーツェルの港には、二日ほどで到着した。更に行軍を重ね、ようやくミレナたちはペーツェルの首都バーチュに凱旋した。


「何だか、ここに来るとほっとするなぁ」

「わ、分かる。戦いが終わったんだなあって、実感が湧くよ」

「……まあ、そうだな」


 ミレナとエーファとヴィットは、そんなことを話しながら、王宮の前庭に整列した。アルビーナとヨアヒムが前に立ってねぎらいの言葉をかけると、ミレナたちはひとまず解散の流れとなった。


 ミレナは早足で自分の部屋に向かった。予想通り前の廊下には、ラウラが立っていて、ミレナの帰りを待ってくれていた。


「ラウラー!」

「ミレナ様! ご無事で何よりで……はっ!?」


 ラウラは急に血相を変えた。


「ミレナ様、お顔に傷が……ああ、手も怪我していらっしゃる!」

「こんなもん、大したことねえべ」

「うら若き乙女の顔に傷をつけるなんて、シェルべ軍もひどいことを!」

「いやー、その辺は今更でねえか? 兵士になった時から、怪我なんて承知の上だべな」

「しかし……」

「心配かけてごめんなぁ、ラウラ。怪我の治りも良いし、私は大丈夫じゃ!」

「……そうですか……」


 ミレナは怪我をしていない方の手でラウラの背を叩いた。


「気にすんな、ラウラ。無事に帰ってきたんじゃ、後のことは何でもええじゃろ?」

「……はい。よくぞお帰りくださいました」

「うん、ただいま」


 ミレナはラウラを自室に招き入れた。部屋は綺麗に清掃されていた。


「ただいまと言えば、自分の家にも帰ってティモに会いてえなあ。休暇はもらえるじゃろうか」

「ミレナ様の軍功があれば、休暇も頂けて当然かと」

「んー、だといいな」


 ミレナは深く椅子に座り直した。

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