第8話 協力者との出会い

 ロモロと一緒に、ミレナは馬車に乗った。これからマウロ王国の王宮を目指すのだ。そこで、ミレナと行動を共にする遊撃隊の面々と、顔を合わせることになっていた。

 何だかペーツェルにいた頃より少し暑いな、とミレナは思った。

 途中、馬車を降り、宿で簡単な食事だけ提供してもらった。出されたのは、平たく切られた固めのパンが数枚と、野菜のスープと、ワインと、緑がかった謎の液体が少量だった。

「もにょ、もにょもにょ」

 宿の主人がそう言って、ミレナたちに食べるよう促した。ロモロはさっそく、小皿に入った緑の液体をパンにつけて、それをかじった。

「あのう、ロモロさん」

「はい、何でしょう」

「すみません、私、物知らずなもんで……。この緑のやつは一体何なんでしょうか」

「ああ、ペーツェルの方には馴染みがないですか」

 ロモロは笑んだ。

「これは、オリーブ油というものです」

「オリーブ油。油ですか」

「はい。マウロではよく、パンにつけたり料理に入れたりして食べられています。健康にも美容にも良いとされているんですよ」

「へえ」

「ペーツェルではパンにはバターやジャムをつけるのですよね。それももちろん美味しいのですが、このオリーブ油もパンとの相性は抜群です。是非食べてみてください」

「分かりました」


 ミレナはロモロの真似をして、パンにオリーブ油をつけた。恐る恐るかじってみる。

「どうですか?」

「んー」

 ミレナはパンを咀嚼して飲み込んだ。

「うん、意外と美味いですね。不思議な香りと後味がしますが、そんなに癖も強くねえですし……油っていうわりには、さっぱりしてると思います」

「そうですか」

 ロモロは嬉しそうだった。

「お口に合ったようで何よりです」


 ミレナたちは食事を終えると、また馬車に乗り込んで王宮を目指した。港から王宮のある首都ソルミまでは半日で着くことができたが、着いた頃にはとっぷり日も暮れていた。

 マウロの王宮は、いくつもの尖塔があったり、壁に彫刻がしてあったりして、凝った作りをしていた。無骨な四角形のペーツェルの王宮とは対照的だ。

 ミレナはひとまず、お客用の部屋に通されて、そこで休息を取った。新しい仲間との顔合わせは明日ということだった。

 どんな人らかな、とミレナは布団に横になりながら考えた。

 仲良くなれるといいのだけれど。


 ***


 さて、翌朝、ミレナはロモロに連れられて、王宮の隣の広々とした庭の一角まで案内された。そこには一人の若いマウロ人が立っていて、ミレナのことを興味深そうに見ていた。彼はがっしりとした体格で、背も高い。

 ロモロはにこやかに彼のことをミレナに紹介する。

「彼はウーゴ・モリジャ。魔法兵士の盾兵です。ペーツェル語が少し分かるので、安心してください」

 ミレナはウーゴに向かって敬礼した。

「ペーツェルの魔法兵士で銃兵の、ミレナ・エルケです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 ウーゴは敬礼の後、手を差し伸べてきたので、ミレナは彼の手を握ってぶんぶんと振った。

 それからふと疑問に思ったことを聞いた。

「そういえばロモロさんは、魔法兵士じゃねえんですか」

「ああ、僕はですね」


 ロモロは恐縮したように頭を掻いた。


「常備軍の方に入っています。魔力を持たない、ただの騎兵ですよ。いかんせん、マウロの魔法部隊の上層部にはペーツェル語を話せる者がいなくて……代わりに僕が、司令塔としてこの隊に入ることになったのです」

「なるほど」

「そういうわけですから、今日はこの三人で軽く演習をしますね。明日からは戦場になるであろう場所に移動を始めるので、今日一日で息を合わせられるようになりましょう」

「はい」

 ミレナとウーゴは声を揃えて返事をした。

 ロモロの指示に従って位置につき、さっそく訓練開始である。まずはミレナの能力を見てもらうことになった。


 船の中でひたすら鍛錬を重ねたお陰だろうか、今日のミレナは好調だった。

 ロモロも、ウーゴも、ミレナの魔法に驚嘆しながら見入っていた。

「まあ、こんな感じで……」

 ミレナは額の汗を手で拭った。

「すげえたくさんの弾を撃つことができますね。私がこれまでに出た戦争じゃと、弾を敵の正面から撃ちまくるよりは、どっかに隠れて不意打ちした方が、うまくいったと思います。もちろん、場合によっちゃあ、敵の殲滅とかいうやつもできますが」

「なるほど」


 ロモロが歩み寄ってきた。


「それなら僕たちの戦争のやり方にはもってこいですね。先の独立戦争の時も、僕たちは遊撃隊をうまく使って、シェルべを撃退しましたから。今回もその手でルイゾンを混乱させるというのが、軍の方針です」

「へえ、そうなんだべか……そしたら私もお役に立てそうです」

「頼りにしていますよ。では、三人での演習を始めましょうか」


 ミレナたちは午前中いっぱいをかけて、他の舞台とは別行動の訓練を行なった。走り込みなどの基礎から、実戦を想定した訓練まで、一通りをこなした。最初はぎくしゃくしていた三人の動きが、昼頃には揃うようになってきた。


 午後は、作戦の確認を行なった。マウロ軍の他の人たちも、一部は小編成の隊に分かれて、遊撃で敵を撹乱するそうだ。ミレナは、地の利があるロモロたちの言った通りに、身を隠しながら進み、後方からシェルべ軍を急襲したり、真横から突撃して隊列を乱したりすることになっていた。


「こつは、素早く攻撃して、素早く逃げることです」

 ロモロは説明した。

「身を隠せる方がいいので、僕も馬ではなく自分の足で行動します。ミレナさんはもちろん、この作戦の主力ですね。ウーゴはミレナさんのことを全力で守るように。僕は二人に比べたら少ししか力を持っていないので、二人への指示出しを主にやります」

 ふむふむとミレナは真剣に話を聞いた。ロモロは時折、「もにょ、もにょ」とマウロ語で補足説明をしながら、流暢なペーツェル語で説明を終えた。

 解散となり、ミレナは一旦、部屋に戻ることにした。廊下を歩いていると、ウーゴが話しかけてきた。


「ミレナさん」

「はぁい」

「ミレナさんは、農奴、という身分だったと、聞きました。それは、どういった、身分ですか?」

「ほぇ?」


 ミレナは目を丸くした。


「マウロには、農奴はおらんのですか?」

「いません。農民は、いますが、農奴は、いません」

「あんれまあ!」


 ミレナはすっかり驚いてしまった。それから思案した。


「うーん、何と言ったらいいべか……。農奴ってえのは、領主様のもんです。一日のほとんどは、領主様のために働きます。畑で自分らのもんを作っても、税を取られますんで、みんな貧乏ですねえ」

「もにょ……。大変、だったのですね」

「あの頃は確かに、ちっとつらかったですねぇ。ぼーっとしてたらぶたれますし。あと冬なんかは特につらかったです。でも私には、弟のティモがいますんで、ティモのためにも頑張って働いとりました」

「ティモさん」

「はい、ティモはとっても良い子ですよぉ。私がこうやって、魔法部隊で戦ってお金をもらうのも、ティモのためなんです」

「ティモさんも、農奴ですか?」

「いんやあ、元々はそうじゃったんですが……私がこないだの戦争の後でもらったお金で、領主様からティモの身柄を買ったので、ティモは自由になりました。今は、私がもらった屋敷で暮らしとります」


 ウーゴは混乱しているようだった。


「買う、という必要が、あったのですか?」

「はい、そうなんです。さっきも言った通り、農奴は領主様のもんなので、ティモはダーフィト・ブレッカー様の持ち物でした。だから、ティモが農奴をやめるには、ダーフィト様にお金を払わねえといけんかったです」

「へえ……」


 ミレナはそれから、ペーツェル王国での暮らしなどを教えたり、逆にマウロ王国での暮らしのことを教わったりして、ウーゴとひとしきり盛り上がった。ウーゴは見た目は大きくて強そうだけれど、話してみると非常に友好的で、好感が持てた。話が止まらなかったので、二人は夕飯を共に食べ、部屋に戻る直前までお喋りをしていた。

 優しい人と一緒の部隊で良かったなあと、ミレナは思った。ウーゴやロモロがいるなら、ペーツェルからたった一人で送り込まれた時の心細さや緊張感も、和らぐというものだ。


 さて、明日からは移動である。ミレナはさっさと休むことにして、眠る支度を始めた。

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