第6話 同盟国への攻撃

 その報が入ったのは、ちょうどミレナたちがペーツェル王国の常備軍と合同で訓練を行なっている真っ最中だった。空から何か影が近づいてきたかと思うと、アルビーナが号令をかけているその真横に、ストンッと何者かが着地した。

 訓練場に居合わせた兵士たちがどよめく中、空から飛んできた謎の娘は、アルビーナの方を見てこう言った。


「シェルべ軍がマウロ王国に向けて進軍を開始したそうです」


 更なるどよめきが上がる。

 その娘は、アルビーナと同じ白髪をしていて、その髪を後頭部できちんと編み上げていた。来ている服も純白だ。空を飛んできたことといい、マウロ王国の状況を知らせてきたことといい、この方はマウロ王国の天使に違いなかった。


「アンネッタ!」

 アルビーナはその天使のことをそう呼んだ。

「久しいですね、アルビーナ」

 アンネッタはペーツェル語でそう言って、微笑んだ。

「アンネッタが直々に私の元に来るなんて。よほど状況がまずいのかしら?」

「ええ。早馬よりも、私が知らせた方が早いと思いまして。こちらの紙に仔細を記してありますが……」

 アンネッタは折り畳まれた手紙をアルビーナに託しながら言った。

「……マウロに向かうシェルべ軍の規模はおよそ十万です。その中にはルイゾンもいます」

「十万!? シェルべにまだそれだけの余力があるっていうの!?」

「義勇兵がどんどん増えているようです。やはりルイゾン復活によって士気が高まっているのでしょうね。しかも今回はそれに加えて、背後となる北東を守る部隊や、海軍も準備中だそうです。いずれも、ペーツェル王国およびロゴフ王国からの援軍を阻止するためだろうと思われます」

「そう……。分かったわ。ペーツェル側も即刻準備をしましょう」

「助かります。では私は、ロゴフ王国にも飛ばねばなりませんので、これにて失礼します」

 アンネッタは軽く地を蹴って空高く舞い上がっていった。


「そう……サビアではなく、マウロなのね」

 アルビーナはぶつぶつ言いながら、手紙を広げて読んだ。

「確かに、サビアやチャパよりは、マウロは戦後からの立ち直りが遅い。そこを狙ったのかしら」

 それからアルビーナは、すっと真っ直ぐ軍隊の方を見た。


「みんな、静粛に! これから作戦会議に入るから、関係者は会議室に来るように! それ以外の者は出陣に備えつつ休息を! では、解散!」


 わっと周囲がおしゃべりを始める。ミレナはヴィットとエーファを見た。

「私は同盟軍として、マウロに向かうってことになるんじゃろうか?」

「まだ分からん。戦況によるだろう。敵の背後を突いて崩す方にお前が参戦した方が、効果的かも知れないからな」

「で、でも、少なくともルイゾンが率いる十万は、マウロに向かっているんだよね? そっちも助けなきゃいけないし……」

「何にせよ、僕たちの仕事を決めるのは、ヨアヒム様とアルビーナ様と上官の方々だ。ここで僕らが議論しても意味はない」

「確かになぁ……」


 ミレナはやれやれと首を横に振った。


「はあ、戦争は嫌いじゃ。人がたくさん死ぬ。シェルべはどうして、こんなにも戦争をしたがるんじゃろうか」

「さあな。ただ、今のシェルべの王たるヴァレール十四世は、領土の拡大に野心的だからな」

「ルイゾンも、復活しちゃったし……ちょっと、シェルべの人たちは、調子に乗ってるのかもね……」


 そんな話をしながら、三人はそれぞれの部屋に引き上げた。


 アルビーナに、休息を取れと言われたので、言葉通りに寝台に腰をかけて一息ついた。しばらくすると扉を叩く音がした。

「何じゃ?」

「ラウラにございます。ミレナ様に、お茶とお菓子をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「おお、それはありがとうなぁ。今開けるから待っててくれ」

「いえ、私が開けますので……」

 ラウラはそう言ったが、ミレナはすぐに扉を開けて、ラウラを中に招き入れた。

「ああ、申し訳ございません。ありがとうございます」

「気など使わんでいいぞ。いつも通り、ちゃんとカップは二つ持ってきたようじゃな」

「はい……ミレナ様が再三仰るので……」

 お茶の時間はラウラと共にするのが、一年以上前からのミレナの希望だった。ラウラが控えている横で、自分だけ茶を飲み菓子を食らうとなると、居心地が悪い。せっかくなら一緒が良いと思ったのだ。


 お茶をふうふうと冷ましながら、ミレナはラウラに話しかけた。

「ラウラ、そろそろ戦争が始まるそうじゃ」

「はい、そのようですね」

「アルビーナ様が前に仰ってた作戦だと、私は常備軍に混じって、一人でマウロ王国に行くことになっとる」

「あら、そうなのですか? 他の魔法部隊の方はご一緒されないのですね」

「まだ作戦会議中じゃからな、それで決まりではないと思うが……」


 そんなことを言っていたミレナだが、会議終了後にアルビーナがやってきて告げたことは、やはりミレナだけがマウロに派遣されるということだった。その話をミレナは訓練場で聞かされた。


「ありゃあ。じゃあその、シェルべの背後を突くってえ作戦には、私は向かわねえでいいんですか」

「それももちろん話に上がったけれど、議論の結果こうなったわ。ルイゾンの策謀を力技で叩きのめすことができるあなたには、ルイゾンをマウロで足止めして欲しいのよ。もし前のように、マウロ含む西の諸国が簡単に侵略されてしまったら、ルイゾンが今度はペーツェルに来るでしょ。それを防止するのがあなたの役目」

「はあ、つまり、マウロとかの西の国々を守ることが、ペーツェルを守ることに繋がるんですね? そんでもって、ルイゾンの奴を相手するのが私ってことですね?」

「ええ」

「それじゃったら、やる気が出ますね」

「……。まあ、いいわ。頑張ってちょうだい」

「そうします。連絡、ありがとうございました」

「ああ、ちょっと、待ちなさい」

 その場を去りかけたミレナを、アルビーナは止めた。


「前に伝えた計画と少し違う点があるから、それも説明するわ」

「あれまあ、何でしょうか」

「あなたは一人でマウロまで行きなさい」

「うん? 元からそういう話じゃったと思いますが……」

「いえ、そうではなく、本当に一人よ。ペーツェルから派遣する常備軍の援軍よりも一足先に、あなただけでマウロに向かいなさい」


 ミレナはぽかんとした。


「えーっと、じゃあ、本当に一人っきりですか?」

「そうよ。もちろん、ペーツェルの常備軍のうち三割を援軍としてマウロに向かわせる手筈にはなってる。けれど、東部も海も警戒しているシェルべが、ペーツェルの軍勢を易々と通してくれるとは思えない。だからうちの常備軍は、後から参戦するの。シェルべの背後を突破できてから陸路で、もしくは制海権を獲得できてから海路で、応援に向かわせるのよ」

「えーっと……? すみません、よく分からねえです」

「要は、大群で押し寄せたらシェルべにばれてしまうから、あなた一人だけを、ばれないように先にこっそりマウロに送り込むってこと」

「へえ……」


 ミレナは少しだけ不安になってきた。


「大丈夫なんでしょうか、私一人で……」

「問題ないわ。あなたは一人で何百人ぶんもの働きができるもの。死にさえしなければだけどね」

「はあ……それじゃ、死なねえように気をつけます」

「是非ともそうして」

「はい。連絡、ありがとうございま……」

「まだ話は終わってないわよ。どうやってあなたを、ばれないように、なおかつさっさと、マウロに送るかって話をしなくっちゃ」


 ミレナは首を傾げた。


「普通に歩いて行けばいいんじゃねえですか?」

「あのね、あなたがてくてく歩いてマウロに着く頃にはもう、戦争は始まってしまうわよ。そしたらあなた、どうやってマウロ側に合流するつもり? まさか、十万人のシェルべ軍の目をかいくぐって、のこのこ歩いて行けると思ってる? そんな危ない真似はさせられないわ」

「えええ、そういうもんですか?」

「そういうもんよ。とにかく、ばれないように、安全に、そして迅速に。そのためにあなたには、船に乗ってもらうわ」

「船……って、あの、海の上に浮かんで進むやつですか」

「ええ。それも軍艦じゃなくて、マウロからの貿易用の商船に隠れて乗るの。それならシェルべの海軍も見逃してくれるから」

「へえ……」

「あなたはペーツェル産の穀物をマウロへ運ぶ船に乗るのよ。心細いかもしれないけど、マウロ人の兵士を一人選んであなたを迎えに来させるように言ってあるから、その人に頼りなさい」

「はあ、分かりました」

「はい、これで話はおしまい。マウロへの連絡と船の手配ができたらすぐ出発するから、この訓練が終わり次第、すぐに準備を始めておきなさい」

「はぁい」


 返事をしながら、これは大変なことになったぞとミレナは思った。

 たった一人! 戦う時になっても、ペーツェル人は誰もいないし、言葉も分からない。

 いや……まあ、いいか。

 心配したところで、何かが変わるわけでもないし。上がそう決めたんなら、仕方がない。今まで通り、目の前のやるべきことをやるだけだ。

 ミレナは持ち前の楽天さで不安な気持ちを吹き飛ばすと、射撃の練習に入った。

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