第5話 復活の噂


「生き返った?」

 夕食後、王宮の廊下にて、エーファから噂を聞かされたミレナは、疑わしい思いで言った。

「そんなおかしな話があるわけねえ。ルイゾンは確かに私が撃ったべ」

「わ、私もそう思うんだけど、でも、シェルべの人たちがみんなお祭り騒ぎになってるらしいよ……。生き返ったっていうルイゾン・ディオールが、顔を布で隠して、シェルべの王宮に戻ったんだって……」

「顔を、布で……」


 ミレナは考え込んだ。確かにあの戦争で、ミレナはルイゾンの顔面を撃った。それからどうなったのだか……確か、ルイゾンは馬から落ちて、その後は姿を見ていない。


「ふん。人間が生き返るわけがないだろう」

 横で話を聞いていたヴィットが言った。

「考えられるのは、ミレナ、お前がルイゾンを殺していなかったという可能性だ」

「ええっ、そんなはずはねえと思うんじゃが……。私、ちゃんと撃ったべ?」

 ミレナが言うと、ヴィットは首を振った。

「魔法兵士の弓兵の矢は、必中ではあるが必殺ではない。お前の銃もそうなんじゃないか? お前の弾はルイゾンの顔に命中したが、それは致命傷にはならなかったんだ」

「そんなあ」


 ミレナは情けない顔をした。


「そしたら、私のせいだべか? あの時はすごく頑張ってたはずなんじゃが……」

「ミレナのせいじゃないよ。そんなのは偶然だよ。そ、それに、まだ、噂が本当なのかは分からないし……」

 エーファがなだめる。だがヴィットは深刻そうな顔のままだ。


「気になるのは、シェルべで現れたという、回復術師の存在だ」

「回復術師? ああ……」

 ミレナは記憶を探った。

「確か前の春に、シェルべの天使が、解放されてからすぐ三つの矢を放って……それで出てきた奴か」

「そうだ。これは僕の仮説に過ぎないが……例えば致命傷を免れたルイゾンが病床にいたとして、そこに回復術師が現れ、ルイゾンの怪我を治してしまったとしたら……ルイゾンが復活したというのも、納得が行く」

「……」

 ミレナとエーファは顔を見合わせた。


「た、確かに、そういうことなら説明がつく……かな?」

「どうしたもんか……ルイゾンが元気になったら、シェルべはまた戦争を始めちまうかも知れん」

「仮にそうなったら、僕たちも気を引き締めていかねばならないだろう。何しろ、アムザ大陸の国のうち、シェルべ以外の国々は、同盟関係にある。シェルべがここペーツェルを攻撃せず、他の国を攻めたとしても、僕たちは出動することになる」

「ありゃあ……」


 これは困ったぞとミレナは思案した。ミレナは復帰してまだ間もない。まだまだ魔法を思う通りに扱えていない。その状態で戦争になったら……また仲間を失う羽目になるやも。

 次の瞬間、長い白髪をした小柄な少女が、上からミレナたち三人を見下ろしていた。


「うわっ! アルビーナ様!」

「きゃっ!?」

「ひょえー、びっくりした」


 ふふんとアルビーナは笑って、三人の前にふわりと降り立った。


「三人とも、今日も訓練お疲れ様。そしてヴィット、あなた鋭いわね。言ってること、ほぼ正解よ」

「えっ」

「ルイゾンの噂が出始める前から、ペーツェル軍は諜報員をシェルべの王宮に差し向けていたわ。たった今、諜報員が帰ってきて、私とヨアヒム様に仔細を報告していったの」


 アルビーナはやや険しい顔になった。


「ヴィットやみんなが噂している通り、ルイゾンが王宮に帰ってきたらしいわ」

「そんなあ」

 ミレナは嘆いた。

「私、確かにルイゾンを仕留めたと思ってたんじゃが……」

「そうね、ミレナ、あなたの弾はもちろん当たっていたわよ。ルイゾンの右頬にね」

「右頬……」

「ルイゾンは大量出血を起こして瀕死だった。その後軍医の処置を受けていたけれど、あと数日遅ければ死んでいたかもね。でも回復術師がやってきて、ルイゾンを治してしまった。さすがに傷痕は元に戻らなかったらしいから、黒い布で鼻から下を隠していたけれど……あれは確かにルイゾン・ディオールだったって、諜報員は言ってるわ」

「ありゃあ……」

「でもね、これが不思議なことなんだけど……回復術師になった人物が誰なのか、みんな分からないらしいのよ」

「なっ!? 魔法兵士、それも新しい能力を使う者が誰なのか、誰も知らないというのですか?」

「そうよ、ヴィット。異例の事態だわ。確かにアデライドは春の儀式で、矢に当たった者が誰かを伏せていたけれど……これが未だに明らかになっていない」

「……」

「そういうことだから、三人とも覚悟を決めなさい。次、戦争になるとしたら、思いもよらないことが起きるでしょうから。しかもシェルべ人はルイゾンの帰還に喜んでいて、今ものすごく戦争やりたがってるから。じゃ、私はこれで失礼」


 アルビーナは身軽に宙を舞い、王宮の廊下の奥に消えた。後に残った三人はぽかんとして、アルビーナの去った方を見ていた。やがてミレナが「あああ〜」と言って頭を抱えた。


「やっぱり私のせいじゃった〜! 私がちゃんとルイゾンを仕留めていれば……!」

「せ、責任を感じる必要は無いと思うよ、ミレナ。ミレナはあの時本当に頑張っていたから……」

「でも、でもなあ、私が仕留めそこなったせいで、また大勢の人が死ぬかもしれん……!」

「お前が気にすることではない。憎むべきはルイゾンの強運だ。今回はルイゾンの運が良過ぎただけだ」

「そ、そうだよ、ミレナ。あんまり気に病まないで」

「ヴィット、エーファ……」


 ミレナは二人の顔を交互に見てから、少し俯いた。次に顔を上げた時、ミレナは微笑んでいた。


「ありがとうなぁ、二人とも。二人がそう言うんなら、私はもう気にしないことにする。いつまでもくよくよしてるのは、私の性に合わんしな。今回の反省を活かして、次はもっとうまくやれるように練習するべ」


 ミレナの言葉を聞いた二人は、いくらかほっとした様子だった。


 ***


 この日以降、魔法部隊の訓練の時間は増えた。ルイゾンを迎えたシェルべ王国が、虎視眈々と次の侵略を企んでいるであろうことは、容易く想像がつくからだ。

 ミレナは一人で銃を撃ちまくったり、他の仲間と模擬戦を行ったりした。

 それから、新人三人も容赦なく鍛え上げられていた。


「シェルべがペーツェルを攻撃してきた時はもちろんみんなで戦ってもらうわ」

 アルビーナは説明した。

「でもシェルべが他国を侵略した場合、あなたたち八人を全員現地に向かわせてしまっては、ペーツェルが手薄になってしまうし、作戦的にも悪手。これはヨアヒム様や色んなお偉いさんと相談して決めたことなのだけれど、他国に派遣する魔法兵士は、ミレナだけにするわ」

「ありゃあ!」

 ミレナは声を上げた。

「私一人ですか? 他のみんなは……」

「今から言うから、最後まで話を聞きなさい。シェルべが西のサビアやマウロに進軍するようなら、当然、東のペーツェル側は手薄になるはず。だからペーツェルの他の魔法兵士たちは、シェルべの背後を集中的に狙う。うまくいけばシェルべを挟み打ちにできるし、そう行かなくても東に戦力を分散させられる」


 自分は一人で外国に行って戦うかもしれないのか、とミレナは考え込んだ。いや、実際には常備軍も出動するだろうから一人ではないが、魔法兵士としては一人だけ。

 以前ペーツェルが侵略されてしまった時は、北のロゴフ王国まで逃げて、態勢を整えた。でも今回は少しだけ事情が異なる。シェルべ軍がペーツェルを攻めないとしたら、シェルべの西に隣接しているサビア王国やマウロ王国を攻めるだろう。ミレナはそこにいる同盟軍と合流して、準備万端の状態でシェルべ軍と戦うことになる。


 正直言ってミレナは、戦うのに乗り気ではなかった。ティモの生活を補助する必要があるから任務にはつくが、積極的に戦いに出て敵を殺したいわけではない。


 だがルイゾンとなると話は別だ。

 ルイゾンのせいでペーツェル王国の魔法部隊は壊滅した。ミレナは本当にたくさんの仲間を喪った。ミレナが自身の手でその仇を討てたと思っていたが、今になってそれをしくじったのだと分かると、悔しさと怒りが同時に湧き出てくる。


 またルイゾンが仲間に危害を加えたりする前に、今度こそ確実に奴を仕留めなくては。回復術師とやらが魔法を使う隙も与えずに、一瞬で致命傷を与えなくては。


 ミレナは決然として、説明を続けるアルビーナを見ていた。


「それと、遠征に成功したら、報奨金が出ます」

「おお、つまり、お金を沢山もらえるってことですか?」

「そしたら私、頑張ります」

「やれやれ……。まあ、働いてくれるなら文句はないわ。気張りなさい」

「はい!」


 ミレナは笑顔で返事をした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る