第19話 君も頑張れよ

 買い物も終わり、バスに乗って帰路につく。バスの中には数人しか乗っていない。 俺達は人がいない辺りを選んでシートに座っていた。


「芭月さん、今日は疲れたでしょ?」

「う、ううん。それ以上に楽しかったよ。いい事が沢山あったから……」


「いい事?」

「……うん。いい事、沢山……」


 芭月さんは俯いているが、暖かい雰囲気が伝わってくる。


「そうだね。俺も楽しかった。初めて女の子と二人で出掛けて、めちゃめちゃドキドキした。ありがとう芭月さん」


 あれ? 芭月さんは耳まで赤くして小さくなってる?


「は、芭月さん?」

「…………」


 泣いてる?


「大丈夫?」


 芭月さんは俯いたまま涙を流していた……。ど、どうしたらいいんだ!

 健流なら気の効いた事も言えるんだろうけど……。


 言葉が出てこない俺は芭月さんの肩にそっと手を回し、少しだけ俺の方に抱き寄せた。


 結局、俺達は二人寄り添う様に座り、無言のまま葵原駅へと着いた。


 バスから降りる芭月さんは元気だった。「家まで送るよ」と声をかけたが「元気をいっぱい貰ったから大丈夫だよ」と言って、ちょうど停車していた芭月さんが帰るのに乗るバスに乗り込んで行った。


 バスの窓から芭月さんが手を振る。俺も手を振りながら、バスが見えなくなるまで見送っていた。


 歩いて帰る道で俺の心は二人の女の子の事を考えていた。


 一人は勿論、今日1日とても楽しい時間を一緒に過ごした芭月さん……。


 そしてもう一人は2年前の冬、寒い冬の海で沖に向かって歩き、自らの命を絶とうとしていた女の子……。


 俺の心の大きな壁……。


 冷たい海の中から助けた、長い髪の女の子。

 いわゆるイジメにあい、辛いことに耐えかねていたその子は、全てを無くす為に海の中を歩いていたのだと、彼女の悲痛な話を聞きながら、俺は彼女の家の近くまで送り届けた。

 

 多分、隣学区の女の子だ。別れる時に「ありがとうございました」と言ったはかない笑顔が忘れられないでいた俺は、何度か学校帰りにその子と別れた交差点まで足を運んだが、結局、彼女と会うことは無かった。でも俺の心には今も彼女の笑顔が焼き付いている。


 きっと彼女は今も生きている。頑張って前に進んでいる。


 だから俺も…………。





「ただいま〜」

「おかえり〜」


「おや〜、なんか良い事があったのかな〜」

「べ、別に無いよ」


 猫顔でニヤけるクリ姉ぇを躱して、自分の部屋に行く。ボディバッグからクジで当たった夫婦湯呑を取り出して、棚に並べた。


 水色とピンクの夫婦湯呑には、二羽の鳥が空を飛ぶ図柄が描かれている。


 俺は、芭月さんと一緒に空を飛ぶよ。


 だから………、君も頑張れよ。




 その夜、芭月さんからラインメールが届いた。


『明日の朝、学校前のバス停から一緒に登校お願いします』


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