第18話 今度、家でお茶を飲もうね

 コーヒーショップを出た俺達は、少し離れたベンチに座っていた。


「ハハハ、凄いお母さんだね」

「……す、すみません」

「ラキ姉ぇとは違う意味でパワフルだよね」

「……す、すみません」


「な、七瀬川さんはお父さん似?」

「ん?」


「七瀬川さんはおとなしいから……」

「ち、父も楽天的です……」


「へ、へぇ~……。七瀬川さん兄弟は?」

「一人っ子です……」


「そ、そか」

「「………………」」


「ご、ごめんなさい!」

「な、何?」


「お、お母さんがその~……、《葉月君息子化計画》って……」

「は、ハハ、デジャブかと思ったよ」


 赤い顔をした七瀬川さんがコクリと頷いた。まさかラキ姉ぇと同じ考えを持つ人がいるとは……。


《葉月君息子化計画》。このミッションの最終フェイズは………………。


「危ない……」

「危ない?」


「ラキ姉ぇと七瀬川さんのお母さんが邂逅した場合、非常に危ない気がする……」

「うん! 危ない! 絶対危ないよ!」


 うんうんと俺達は頷きあった。一人一人でも大きな炎が、二人合わされば炎を超えてインフェルノにだって成りかねない。


 俺達はいずれ邂逅するにせよ、出来るだけ遅く、ファーストコンタクトをさせない方向で意見は一致した。


「あと一軒行きたいショップが有るんだけどいいかな? 健流に誕生日プレゼント買おうと思って」

「健流君、誕生日近いんですか?」


「今月の25日だよ」

「星野さんは知ってるのかな?」


「健流の事だから多分アピってると思うよ」

「え、えっと……、桐芭君は……、誕生日はいつなの……かな?」


「ん? 5月23日」

「………………(涙)」


 ガーンという効果音が聞こえる様な落ち込み顔の七瀬川さん。


「な、七瀬川さんは?」

「7月5日……です……」


「ま、まぁ、来年の楽しみにとっておこうよ」

「……はい……」


 不安そうな顔で頷く七瀬川さん……。

 俺達が来年まで付き合っている保証は何処にもないから……。


 俺はベンチから立ち上がって手を差し伸べた。


「ショップに行こっか」


 七瀬川さんは躊躇するかの様に手を出した。俺はその手をしっかりと握った。

 勿論その意味をしっかり理解して手を握った。


 七瀬川さんも過去に辛く苦しい事があったみたいだ。しかし彼女は強く強くと言い聞かせ、勇気を持って進んでいる。


 俺の心の壁はまだまだ大きくて直ぐには越えられない。でも七瀬川さんの頑張る姿に俺の心は惹かれている。


 七瀬川さんはゆっくりでもいいと頷いてくれた。ラキ姉ぇもクリ姉ぇもゆっくりでも俺を支えてくれている。


 進もう。俺も強くなって、勇気を持って、進んで行こう。


 俺に手を握られた七瀬川さんは、頬を赤く染めて立ち上がった。俺達はその手を離さぬままショップへと向かった。



「確かぁ……第6世代のブレードアルキリスで……、あったあった、アサルトバーストのエミリア仕様」


 俺達は所謂おもちゃ屋に来ていた。俺が探していたのは、五年前から人気を博しているロボットアニメ『超光速機動兵器ライトニングブレード』の第3期劇場版に出てきた女性パイロット エミリアの幻の最終決戦仕様のプラモデルだった。


 健流は小学校の頃からライトニングブレードシリーズのプラモデルを集めている。夏休みに上映した第3期第6世代の映画も一緒に見に行った。


 この秋から第4期がテレビ放送されるとかで、記念モデルとして9月1日に発売されたのが、俺の手に有るライトニングブレード アルキリス アサルトバースト エミリア仕様だ。


 劇中ではアサルトバーストに搭乗する前に戦死してしまった劇場版ヒロイン エミリアの特別仕様機って設定らしい。


「健流にアピールされてたんだよね~。うがッ! 意外と高いな!」


 値札を見て少し尻込みしたが、健流には今回の事も含め色々と心配してもらっている。お財布的に痛いが、夏休みのバイトのお金もまだ有る事だしと腹をくくった。


「あれ? 七瀬川さんは……?」


 俺がプラモに集中していて、七瀬川さんは何処かに行ってしまったらしい。


 あまり広くはない店内を探すと極太赤縁眼鏡の女の子がチラッと見えた。


 ぬいぐるみを見ている七瀬川さん……。


「なな……、芭月さん?」

「はい?」


 ほっと胸を撫で下ろす。またお母さんってことは、流石にないよね!


「ぬいぐるみ見てたんだ。七瀬川さんはぬいぐるみが好きなの?」

「………………」


「ん?」

「と、桐芭君が……芭月って呼んでくれた」


 頬を赤く染めてはにかんでいる七瀬川さん?


「あ、いや、またお母さんだとヤバいかなって」

「……芭月」


「え、あの……」

「……芭月はダメですか?」


 モジモジと指を絡める七瀬川さん。


「……。だ、ダメじゃないよ」

「………………」


 俺を上目遣いで見上げている七瀬川さん……。可愛いかも。


「は、芭月さん……?」

「うん」


 ズキュンという効果音は嘘ではなかった。極太赤縁眼鏡との隙間から上目遣いの芭月さんの笑顔はとても素敵で、俺の心臓がズキュンと音をたてた気がする。


「ぬ、ぬいぐるみ買うの?」

「私も星野さんに何か感謝の気持ちを伝えたくて……」


 そう言ってピンクの小さなウサギのぬいぐるみを手に取った。


「うん。それ可愛いね」

「はい」


 二人してお会計をする。店のおじさんがカウンター脇にあったボックスをカウンターに載せた。


「今、リオングループのキャンペーンやってるんだよ。1人三千円で一枚なんだが、二人合わされば六千円越えてるから二枚引いてくれ」


「と、桐芭君、そ、それ幾らしたの?」

「聞かないでくれ……」


 芭月さんが買ったぬいぐるみは500円だ。逆算すればだいたい予測出来るよね。

 俺達はボックスの中から1枚づつクジを引いた。


「「せーの」」


「4等だ!」

「私はハズレですね。W賞に期待って書いてあります」


「兄ちゃん凄いな! 初めて当たりが出たよ!」

「凄いよ桐芭君!」


「1階のサービスカウンターで景品貰えるから行ってみな」


 お店のおじさんにそう言われ、俺達は1階のサービスカウンターに行き4等の景品を貰い、近くのベンチに座った。


「なんだろうね」


 20cm程度の四角い箱で多少ずっしり感がある。俺が包装紙を開封する手元を、芭月さんはワクワクした目で見ている。


「あぅ」

「わぁ~」

「ラキ姉ぇの陰謀か?」


 天はラキ姉ぇと芭月さんのお母さんに微笑んだ!


「夫婦湯呑みって……」

「…………」


 4等の景品は二羽の鶴が飛ぶ、水色と桃色の夫婦湯呑だった。芭月さんは夫婦湯呑を見ながら、極太赤縁眼鏡の上からでも分かるほど瞳をキラキラさせているよ?


「芭月さん、1つ持って帰る?」

「ダメです! 絶対ダメッ!!」


 強い言葉で拒絶された? なぜ?


「夫婦が別れるなんて絶対ダメです……ダメ……です……」


 最後は赤い顔で俯いて小さく呟いた。


 うん! 芭月さんが正しい!

 俺は俯いている芭月さんの頭を撫でた。


「そうだね! 絶対ダメだね。俺の家に置いておくから、今度家に来た時にこれでお茶を飲もう」

「うんうん、うんうん」


 芭月さんは顔を上げ何度もうんうんと頷いていた。

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