第17話 危険な香り

 七瀬川さんが少し落ち着いた頃に、七瀬川さんのお母さんが戻ってきた。


「はい、カフェラテ」


 アイスラテを七瀬川さんに渡し、俺達の正面に座るお母さん。


「お母さん、何で桐芭君とお茶してるの!」

「おトイレ出たら『七瀬川さん』ってナンパされて、そのままお茶してたみたいなぁ」


 いやいや、ナンパじゃないよ!「七瀬川さん」って声をかけたら否定されなかったし……、お母さんも間違いなく七瀬川さんだけど……。でも似すぎだよ!


「だ、だからって、お、大人なんだからぁ。それに私の眼鏡、勝手に使わないでよ」

「だってお母さん、こうでもしないと若い子にナンパされちゃうんだもん」


 ……七瀬川さんのお母さんって。


「あ、あの~」


 俺は椅子から立ち上がり七瀬川さんのお母さんに声をかける。


「ん?」

「お、俺、葉月桐芭っていいます。七瀬川さんとはその……、お付き合いの準ん……、お付き合いさせて頂いています」


 言ってしまった!


 瞬間的に超悩んだけど、親御さんに準備中とは流石に失礼かと思い腹をくくった。


「プッ。あっ、ご、ごめんなさい。芭月みたいな子に目を掛けて頂いて、葉月君、ありがとう!」

「お母さん! 桐芭君が挨拶しているのに、何笑っているのよ!」


「だ、だって葉月君がハズキだから、芭月と一緒だなって」


 クスクスと笑う七瀬川さんのお母さん。


「い、いえ、その、友達にも言われてます……ん?」


 お母さんがマジマジと俺の顔を見ている?


「やっぱり何処かであったような……。葉月、葉月……。もしかして葵原美人姉妹の葉月さん?」


「は、はい……」

「キャ~! ウソ! マジ! ホント~!」


 お母さん若いですね……。


「葵コミの写真で、葵原姉妹の後ろに写っていたイケメン少年! いつも気になってたのよ~」

「や、やめてよお母さん、恥ずかしい!」


「何言ってんの! お母さんの人生でこんな生イケメン見るのが初めてで、しかも娘の彼氏なのよ! 今夜は赤飯! 明日も赤飯! これから毎日お赤飯よ!」


「ちょ、ちょっとお母さん、桐芭君引いてるじゃない」

「ううん、違うよ。七瀬川さんがお母さん相手だと溌剌はつらつとしているな~って」

「あぅ……」


 七瀬川さんは頬を赤くして少し小さくなってしまった。七瀬川さんは内弁慶なのかな?


 俺は一息つこうとアイスコーヒーに手を伸ばし固まってしまった……。


 これ……、飲んでもいいのか?


 七瀬川さんが口を付けたストロー……。お母さんの極太赤縁眼鏡がキラッと光ったのは気のせいか?


 お母さんは七瀬川さんにアイスラテを買ってきた。アイスコーヒーではなくて?

つまりその時点でこのアイスコーヒーは俺のアイスコーヒー確定になる……。


 ごくッと生唾を飲む。アイスコーヒーを手に取りストローに口を近付ける……。


 お母さんの口元にニヤリと笑みがこぼれる。


 ね、狙われていた!? まさかこの展開を仕込む為に! き、危険だ! 七瀬川さんのお母さんは危険だ!


 しかしこのまま飲まないのも七瀬川さんには失礼な気がする……。って言うか七瀬川さんの視線も感じる……。


 四面楚歌!


 八方塞がり!


 え~い! ままよ(涙)!


 俺はストローに口を付けアイスコーヒーを飲んだ。


「うんうん」


 ニコニコ頷くお母さん。七瀬川さんは赤い顔でモジモジしている。


 俺はアイスコーヒーを飲んでて初めて気が付いた。

 お母さんの後ろの葵商あおしょうの女子高生達がこちらを見ている?

 しかも思いっきり笑いを堪えている?

 隣も、斜め前も、お客さん達が笑いを必死に堪えている?


 ですよね~(涙)。傍から見たら面白いよね~(涙)。


「ねぇ、桐芭君」

「は、はい」


「お母さんって言ってみて」

「はい?」


「お母さんって言ってみて、ネッ」


「七瀬川さんのお母さん?」

「七瀬川は着けないで」


「お、お母さん?」

「クゥ~~~ッ! 来ましたァ! お義母さん!!」


 え~~~! 脳内変換でお義母さんになってるよ~~~!


「ちょ、ちょっとお母さん! 恥ずかしいから止めてよ~!」

「はぁ~、なんて素敵な響きなのかしらぁ」


 満面の笑みを浮かべる七瀬川さんのお母さん。や、やはり危険だ! 七瀬川さんのお母さんは危険過ぎる!


「お母さん嬉しいんだよ。芭月が中学時代、苦しんで、苦しんで、物凄く苦しんで、そんな中で初恋をして……。初恋の人をずっと忘れられないで、ずっとくよくよしていた……」


 え?


「もう恋はしないのかなって心配してた……。でも貴女は踏み出した……」

「お、お母さん……」


 七瀬川さんも苦しんでいた……。でも勇気を持って踏み出した……。俺の家で呟いていたあの言葉……。


『だ、だから……もっと強くならないと、勇気を持たないと……もっと、もっと……もっと強く……』


 七瀬川さんは強い……。俺よりも強い……。小さな体で、勇気を貯めて、その一歩を踏み出したんだ……。


「でもね、貴女はまだ学生よ。嬉しくて、嬉しくて、浮かれる気持ちは分かるけど学生の本分は何?」

「……べ、勉強……」


……あんなにおちゃらけていた七瀬川さんのお母さんが、娘をたしなめる。今、何が大切か。


「芭月は勉強と葉月君、どちらが大切なの?」


 こればかりは仕方ない。俺達はまだまだ勉強が必要な学生なのだから……。


「………………桐芭君」


 え、そっち?


「そうよ芭月! 葉月君よ!!」


 えぇぇぇッ!

 そっちもそっちィーッ!!


「どんなにどんなに勉強出来たって、イケメンの彼氏が出来るとは限らないのよ!」


 お、お、お母さん?


 七瀬川さんのお母さんは席から立ち上がり、ビシィっと指を七瀬川さんに指してこう言いました。


「芭月!貴女のファーストプライオリティ!

《葉月君息子化計画》発令よ!!」


 な、なんだこのデジャブは!!


「あら? 芭月が桐笆君と結婚したら、葉月芭月になっちゃうわね? アハハ、それもいいわね」


 やはり七瀬川さんのお母さんは危険指定人物だった。俺は頭の中が真っ白になって行く感覚に襲われる……。七瀬川さんも目が点になって固まっていた。


「じゃあ、私は帰るわね~」


 ニコニコ、ルンルン♪ と席から離れて行く七瀬川さんのお母さん。ふと立ち止まり、振り返った?


「お泊まりなら電話ちょうだいね♪」

「「泊まりませんッ!!」」


 二人揃って大きな声を出してしまった。


 お店のお客さんは俺達に釘付けだ。しかも全員が何かに必死に耐えている。


「お、俺達も出よっか」

「う、うん……」


 場の空気と視線に耐えらず、俺は七瀬川さんの手を取り、お店を後にした。


 お店を出て五秒後……。


「「「ダァハハハハーーーッ!!!」」」


 コーヒーショップでは有り得ない大爆笑が後ろから聞こえたよ……。


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