第15話 心の空気

「ま、先ずは、か、確認なんだけど……」


 こんな事を聞いていいのか? 余りにもデリカシーが無い様な気もするが、スタートを間違えるよりはマシな……筈だ……多分。


「な、七瀬川さんは、お、俺とお付き合いし、してもいいのかな?」

「………………」


 やっぱり聞いちゃ不味かったかな……。


 カッチ、カッチ、カッチ……。時計が時を刻む音だけが、静かなリビングに音をたてる。


「と、桐芭君は……、桐芭君は女の子とはお付き合いしないって……みんなが言ってる……」

「え?」


「だ、だから……先週一緒に水族館に行けて……凄く嬉しかった……」

「…………」


「わ、私は……こんな成りで……怖くて……眼鏡も取れなくて……」


 はて? と俺は首を傾げた。


「で……でも、強くなりたくて……高校で桐芭君に出会えて……」

「…………」


「だ、だから……もっと強くならないと、勇気を持たないと……もっと、もっと……もっと強く……」


 俯き、膝の上に固く握られた拳を作り、その言葉は七瀬川さんが自分で自分に言っている……、そんな風に俺には聞こえた。


「こんな成りって言うけど、別に見た目でお付き合いする訳ではないし、俺は七瀬川さんとこうしていると安心出来る……。健流は女の子と語って語って語り尽くして、逸れでもまだ語れるかって言ってたし、俺もそうかなって思った。だけど、別に語らなくても一緒にいて安心出来る、心が落ち着ける、そんな雰囲気を持っている七瀬川さんを、俺は、その……いいと思う……」


「…………」


「何て言うか……俺の心の中には大きな壁が有るんだ……。俺はずっとその壁にもたれかかっていた。ラキ姉ぇもクリ姉ぇもずっと心配してくれていて……。その壁は俺にとって凄く高くて、忘れようと思えば思う程、その壁は俺の心の中で大きくなっていって……」


「…………」


「でも俺も踏み出す……。少しずつでも壁を登っていく。だからゆっくりだけど……。もしかしたら凄くゆっくりかもしれないけど……、俺と一緒に……」


 俯いたままの七瀬川さんは泣いていた。薄いピンクのスカートに涙のシミが二つ三つと増えていく。


 七瀬川さんの涙は止まる事なく、肩を震わせ俯き黙ったまま泣き続けている。


 俺はハンカチが手元に無いこともあり、黙ってそれを見ている事しか出来なかった。


「……嬉しい……」

「……ゆっくりだけどいい?」

「……うん。……ゆっくりが私もいい」


「「………………」」


 カッチ、カッチ、カッチ……。リビングには時計の針の音以外静かな空間となった。


 でも、この空気は暖かく優しく心を包んでいる。七瀬川さんが作るこの雰囲気。苦手な人もいるかもしれない。

 でも俺はこの雰囲気が落ち着ける。

 女の子とお付き合いした事は無いけど……良いかも、この心の高揚した感じ……。


 七瀬川さんも同じように感じているのだろうか……。


 俺と七瀬川さんは会話の無いままこうして暫く時間を過ごした。




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