第14話 二人っきり

 姉姉は出て行ってしまった……。


 俺と七瀬川さんは二人玄関に立ち、呆然として、玄関のドアを見ている……。


「……リビングに戻ろうか」

「……は、はい」


 リビングに戻った俺と七瀬川さんはソファーに座り…………何を話そう。


 カッチ、カッチ、カッチとリビングの時計の針が、秒を刻む音を聞きながら俺は考えていた。


 《芭月ちゃん妹化計画》……。ラキ姉ぇの目は真剣だった。以前発令された《黒翼のG掃討作戦》の比ではない真剣な目をしていた。


 《芭月ちゃん妹化計画》。つまり七瀬川さんをラキ姉ぇの妹にする為のミッション。七瀬川さんをラキ姉ぇの妹にする為に必要な事は……必要な事は……必要な事は……ッ!?


「《芭月ちゃん妹化計画》だとォォッ!」


 思わず大声を上げてソファーから立ち上がってしまう。多分、七瀬川さんはビックリしていた筈だが、俺はそれを見る余裕すら無かった。


 七瀬川さんとお付き合いする指令。ここは50歩譲って良しとする。しかし、ミッションの最終フェイズは俺と七瀬川さんのけけけけけけけけけけけけけけ……。


「けけけけけけ……」


「だ、大丈夫ですか桐芭君……?」


「けけけけけけ……」


「と、桐芭君……?」


 七瀬川さんが俺のシャツを軽く引っ張っていたのに気が付き我に帰る。


「あ、う、うん、大丈夫……大丈夫だよ。お、お茶入れてなかったね。コーヒーでいい?」


 自分のマグカップも持って、キッチンカウンターにあるポットでドリップコーヒーを入れる。


 ドリップされている時間、七瀬川さんを見ていた。彼女はじっとお茶菓子を見つめている……。いや呆っと何かを考えているのだろう。


「お待たせ」

「あ、ありがとう、ございます……」


「俺にまで敬語はいらないよ」

「う、うん」


 七瀬川さんの隣に座り、淹れたてのコーヒーを飲む。


「色々とごめんね」

「ううん。桐芭君もお姉さん達も、とても優しくて……う、嬉しかった……」


「そ、そうかな」

「うん。そうだよ」


 頬を赤らめた七瀬川さんは俯きながらそう答えた。……カッチ、カッチ、カッチ……またしても沈黙タイムが訪れる。


「い、いつもさ、健流がよく喋るから助かってたなぁとか痛感してたりする」

「わ、私も、星野さんが話しかけてくれるから、いつも相槌ばかりで……」

「ふ、二人っきりだと、む、難しいものだね」


 七瀬川さんは耳迄赤くなり小さくなってしまった。


 二人っきり……。俺の家で七瀬川さんと二人っきりなのだ……。


 俯いている七瀬川さんを見ると、意識してしまった俺は、七瀬川さんの胸元を見てしまった。


 ラキ姉ぇと同格って……や、やはり大きい……。更にお風呂上がりにの七瀬川さんから香るトリートメントの微香が……。


「と、桐芭君……」

「は、はい!」


 ドキッとした俺の大きな返事に、七瀬川さんが俯いていた顔を上げて俺を見る。俺は慌ててコーヒーに手を出し、その視線を誤魔化した。


「あ、あの~ですね」

「う、うん?」


「が、学校のお昼ご飯……、ま、またみんなでた、食べたいな……と」

「いいよ。健流は望む所だろうし」


「と、桐芭君はいつも学食かパン?」

「入学当初はクリ姉ぇがお弁当作ってくれてたんだけど、ある日健流が『久莉彩様の玉子焼きゲット!』とか言って摘まみ食いされたら、あっという間に他のみんなも群がって来て、全部食われた」


「クスッ」

「あれ以来、学食かパンにしてる」


「よ、良かったら、と、桐芭君のお弁当……、つ、作っても、い、いいかな?」

「えっ?」


「……お、お弁当……」

「な、七瀬川さんが大変じゃない?」


「た、大変じゃないよ!」

「え、えーと、あ、ありがとう」


「……うん」

「あっ、でも健流が一人パンになっちゃうな」


「…………」

「まぁいっか……って訳にはいかないよな~。星野さんにお願い出来ないかな?」

「き、聞いてみます」


 七瀬川さんはスマホを取り出しメールを作り始めた。意外だ。七瀬川さんの指さばきが早い。あっという間にメールを打って送信した。


 間髪入れずに返信がくる。


 七瀬川さんがメールを開くと、俺に背中を向け、何やら返信しているようだ。


 暫くメールのやり取りがされ、七瀬川さんがこちらを向く。


「星野さん、オッケーです」

「健流、大喜びだな」


「と、桐芭君は、苦手な食べ物とか、あ、有るのかな?」

「ん~、ピーマンと人参」


「え? 子供みたいですね」


 クスッと小さく笑う七瀬川さん。


「嘘、嘘、何でも食べられるよ。あ、ゲテモノ除くだけど」


「はい。では明日はトカゲの唐揚げとコウモリの手羽先で」

「どけの魔法使い料理ですか、それは」


 お互いクスクスと笑い合う。七瀬川さんの笑い顔が可愛くて見とれてしまった。

 七瀬川さんと目が合う……。

 まじまじと七瀬川さんの顔を見た事は無かった。


 極太赤縁眼鏡に騙されていた。眼鏡の奥にある瞳は、大きく綺麗で透き通るような瞳をしている。鼻は姉姉みたいにスラッとしている訳ではないが、綺麗な形で、小さな口はとても艶やかだった。


 か、可愛い……。


 俺は固まったかの様に七瀬川さんを見つめていた……。何だろうか、この心が疼くのは?


「「………………」」


 タララリラ~~♪

 ビロロリロ~~♪


 俺と七瀬川さんのスマホが同時に鳴った。


 ハッと我に返り慌ててスマホを取る。健流からの電話だった。ソファーから立ち上がり、キッチンの方へ歩きながら電話に出た。


『桐芭ぁ聞いてくれぇ! 星野さんが俺の弁当作ってくれるってメールが来た!!』

「……知ってるよ」


『やっぱりお前達か~♪』

「お礼なら七瀬川さんにするんだな。星野さんにお願いしてくれたのは、七瀬川さんだからな」


『七瀬川さんが! 七瀬川さんに変わってくれ!』

「いや、今はメール中だ」


『あれ? お姉さん達との話しは終わったのか?』

「ああ、終わって姉ちゃん達は出掛けた」


『じゃあ七瀬川さんと二人っきりか?』

「二人っきりだ……」


『「………………』」


『わりぃ、邪魔した』


 ガチャ。ツーツーツー……。


「………………」


 俺はツーツーツーを聞きながら七瀬川さんの方をチラッと見た。

 七瀬川さんもメールのやり取りは終わったみたいで、ニコニコとメールを読んでいる。


「七瀬川さん」


 ビクッと肩が持ち上がり七瀬川さんが慌て始めた?


「だ、だだだ……」

「だだだ?」

「は、はい……。だだだです……」


 赤く頬を染めて、何故か目が泳いでる七瀬川さん? だだだ?


 ソファーに座り少し冷めたコーヒーを一口飲む。


「七瀬川さん」

「は、はい」


「これからの事を話したいんだけど」

「あ、あ、あの、その、それはあの、けけけけけけけ……」


「いやいや、いやいや、その話じゃない」


 七瀬川さんも《芭月ちゃん妹化計画》の最終フェイズに気が付いているようだ。


「そ、それは今は置いとこう」


 七瀬川さんは耳迄真っ赤にして俯き、コクリと頷いた。

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