第10話 お仕置きの時間

 三連休、中日なかびの日曜日の夜、久しぶりにラキ姉ぇが家に帰って来た。

 クリ姉ぇは朝から挙動不審で、これから起こるであろう、ラキ姉ぇの折檻タイムに恐怖している。


 ラキ姉ぇはシャワーを浴びた後に、リビングのソファーで俯くクリ姉ぇと俺の前で仁王立ちをしていた。そのプレッシャーは半端ない。その姿に俺は直視出来ずに顔をそむけていた。


 しかし俺は勇気を振り絞りラキ姉ぇに物申す。


「ラキ姉ぇ、話しの前に一言だけいいかな」

「一言だけ許可する」

「頼む! パンツ履いてくれッ!」


 我が家の姉二人は揃って裸族だ。ラキ姉ぇに至ってはパンツも履いていない時がある。そして今も肌着一枚付けずに仁王立ちしているのだった。


 斯くしてブラジャーとパンツをはいたラキ姉ぇは俺達の前で仁王立ちしている。

 何故服を着ないッ!!


「久莉彩!」

「は、はい」


「私は貴女に、何度も何度も何度も何度も、思慮深く成りなさいと言った事を覚えているわよね」

「……はい」


「最近は特に問題も起こしていなかったから私も油断していたわ」

「……すみません」


「芭月さんには?」

「謝りました」


「辛い思いをするのは芭月さんなんですよ。貴女はそれを分かっていた筈ではなかったのですか?」

「桐芭の事ばかり考えていて失念していました……」


 芭月さんが辛い思いする? どういう事だ?


「芭月さんが桐芭と別れた時は、貴女は全力で芭月さんのサポートをする事。それが貴女の責任です。分かりましたか」

「はい!」


「ら、ラキ姉ぇ、俺が七瀬川さんと別れるって?」


 まだ付き合ってもいないんだけど……。


「桐芭。それは遠くない未来のお話しです。今、貴方はそれは考えないで頑張って恋をしなさい」

「で、でも……なんで……」


「桐芭。貴方達の年頃は、恋をして、お付き合いをして、別れて、そして落ち込み、涙して、それでも立ち上がって、次の恋をしていきます。それは楽しい事と悲しい事の繰り返しです」


 俺は黙ってラキ姉ぇの言葉を聞いていた。


「でも本当は、それはお付き合いする二人だけのお話し。家族やお友達は心配する事もあるでしょう。でもそこまで。そこまでで終わる筈だった……」


「「…………」」


「でもこのバカはそれを公にしてしまった! 別れた後に多くの生徒達から罵詈雑言、ねたみ、ひがみ、嘲笑ちょうしょう、そう言った視線を受けて辛いのは芭月さん! 心を痛めるのは芭月さん! 貴女はそれに耐えられなくて恋を諦めたのではなかったのですか! その痛み、苦しみを、貴女が一番知っているのに……」


 隣でクリ姉ぇが俯き涙を流している。膝の上の拳は固く固く握られていた。


「……ごめん、ごめんね……芭月ちゃん……」


 クリ姉ぇは学校、いや、葵原市でも有名な美人姉だ。しかしクリ姉ぇの色恋話しは、クリ姉ぇが高一の時を最後に聞かなくなった。俺はてっきりクリ姉ぇの眼鏡に叶う人がいないのだと思っていたが……。


「明日、芭月さんが来たら私からも謝ります。久莉彩ももう一度謝る事! 分かりましたか!」

「はい!」


 俯いていたクリ姉ぇは顔をあげ、涙を溜めた目で真剣に答えた。


「そもそも貴女の天真爛漫な性格は、時としてこの様な大失敗を起こすのです。だいたい日頃の生活が乱れていませんか! 服を脱いだら脱ぎっぱなし! お菓子を食べたら散らかしっぱなし! 家の中でも身だしなみを崩さない! もっと女の子らしくしなさい!」


 いやいやラキ姉ぇ。下着姿で身だしなみを言っても説得力がないぞ!


「はい……」


 クリ姉ぇ、『はい』じゃなくて、ここは突っ込めよ!


「桐芭! 貴方も何ですか! あの成績は!」


 え、俺! しかも成績の小言は夏休みに聞いたんですけど。


「学年18位って恥ずかしくないの!」


 俺的には立派だと思うのだが……。


「次は必ず10位以内に入りなさい!」


 ラキ姉ぇの折檻タイムはあらぬ方へとネチネチ、グチグチと進んでいった。俺とクリ姉ぇはこの事態を予測し、回避アイテムを用意していた。


「ら、ラキ姉ぇ、立っているのも何だから座りなよ」


 俺はそう言って可愛いクッションをラキ姉ぇに渡した。


「ちょっとこれぇ! この間発売されたドーナツ屋さん限定のカイザーパンダクッションじゃない! 何これ~、もふもふ~、ふわふわ~、可愛い~!」


 ラキ姉ぇの弱点。それは可愛いモノだ。可愛いモノには何しろ直ぐに飛び付く。何とか回避を成功させ、俺達は漸く折檻タイムから解放された。


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