第4話 葵原シーパラダイス

 駅前からバスに乗り、着いたのは葵原市の定番娯楽施設の葵原シーパラダイスだ。

 太平洋に隣した大型水族館で、県内、県外からの来場者で土日はいつも混雑している。


 まぁ、俺達は子供の頃から何回来たのってぐらい来ているが、何度来ても新しい発見があったりするし、魚の種類や名前も全てコンプリートしたわけでもないので、何度来ても楽しい場所だ。

 入園した時間はイルカショーが始まる10分前だった。


「急げば間に合う!」


 金山がそう言って早足で園内を進むが、どんどん速くなり小走りになってきた。

 ふと見ると七瀬川さんは可愛いサンダルを履いていてちょっとキツそうだった。


「金山~!」


 少し離れた金山に声をかける。


「健流と呼んでくれ~!」


 こんな時に面倒くさッ!


「健流ーーーッ! 俺達ゆっくり行くから席取っとけーッ!」

「任されたーッ!」


 健流と星野さんは駆け足でイルカショー会場に向かっていった。


「俺達はゆっくり行こうか」

「は……はい」



 イルカショー会場の端の方、中段に座席をキープした健流と星野さんがいた。


「まぁ、俺達は何度も来てるから端でもいいだろ?」

「座れれば何処でもいいよ」


 健流の隣に星野さんが座っているので、七瀬川さんに先に行ってもらい俺が七瀬川さんの隣に座った。


 すぐにイルカショーが始まり、リズムや、音楽に合わせながらピッ、ピッと吹く笛の指示で、イルカ達が跳んだり、回転したり、歌を歌ったりと、何度見ても心が沸き立つ。


「凄い」


 隣の七瀬川さんの声が聞こえた。透き通る様な綺麗な声にちょっと驚いた。

 今までか細い声しか聞いていなかったが、普段はこれぐらいの声で喋るのかな?


「凄いね」

「……そ、そうですね……」


 話しかけたらまた小さな声になってしまった。


 ショーが終わり、奥の出口から出てシャチショーを見るのが定番の流れだ。

 俺達は立ち上がり奥の出口へと向かうが、人が多くみんなとはぐれてしまう雰囲気があった。


 知らぬ間に俺の後ろになっていた七瀬川さん。既に数人が間にいるし、背の低い七瀬川さんを見失いそうになる。

 隙間から見えた七瀬川さんの手を握り、なんとか俺の方へと寄せる事が出来た。


「人が多いね」

「…………はい」


「人が履けるまで少し待とう」

「…………はい」


 人が履けた後に俺と七瀬川さんが出口の階段を降りると、健流と星野さんが待っていてくれた。


「お待たせ」

「いやいやいやいや、いやいやいやいや、桐芭の天然が羨ましいよ」

「なんだそれ?」


 俺と七瀬川さんを見てニヤニヤしている?


「とはいえ、俺トイレ行って来るわ」


 健流は近くのトイレに歩いて行った。


「あたしも行くけどぉ、芭月はぁ~どうするぅ~」


 星野さんも俺と七瀬川さんを見てニヤニヤと聞いて来る。七瀬川さんの耳は真っ赤だった?


「わ、私も行きます!」


 七瀬川さんは握っていた俺の手を離し、星野さんとトイレへと行った。


 暫らくして健流が戻って来ると、相変わらずニヤニヤしている。


「なんだよ、気持ち悪い」

「桐芭に確認したい事がある」


「ん?」


「あそこにいる幼女の手を握れるか?」

「それやったら犯罪だな」


「あちらのお姉さんの手を握れるか」

「叩かれるな」


「俺の手は握れるか?」

「気持ち悪い事言うなよ」


「ほ……星野さんの手を握れるか?」

「健流に悪いから出来ないな」


「よし、合格だ!」

「なんだそれ?」


「女の子と手を握る意味が分かっているかどうかだよ」

「あっ」


「気が付いたか、天然桐芭君」


 ニヤリと笑う健流の不敵な笑みに、俺は何も言い返せなかった。



 その後シャチショーを見た。シャチのショーが国内でも2、3箇所でしかやっていない、貴重なショーである事を知ったのは中学生のときだ。


 5mを超える巨大なシャチが勇壮な曲と共に空に舞い、一回転して空中のボールを尻尾で弾く。何度見ても圧巻のパフォーマンスに声がでる。


 その後には恒例のシャワーショーとなり、シャチたちがプール淵をジャンプして、プールの水を観客席に飛ばしまくる。


 子供たちは観客席の前に行って、びしょ濡れになるのを楽しんでいるが、俺たちは水が飛んでこない観客席の上の方に座っている。


「「「「あっ」」」」


 やられた。水が飛ぶ場所は概ね決まっているのだけど、サプライズでそうでない席にも水を飛ばしてくる演出がある。


「冷てぇ」

「やられたわね」


 苦笑いの健流と星野さん。上の方の席に座っていたから、飛沫程度の水が顔にかかるぐらいですんだ。


 それからランチの為レストランに入り、食事の後はアシカショーの時間が合わなかったので、屋内の水族館に足を運んだ。


「綺麗ね~」


 星野さんがそう言って見ているのは色とりどりの熱帯魚が沢山泳ぐ水槽だ。


「写真撮るよ」


 健流が星野さんと七瀬川さんを並べてスマホで写真を撮る。


「替わるね。二人並んで~」


 星野さんが俺と健流に促したが……


「俺と桐芭のツーショットって誰得だよ。桐芭、頼む」


「あ~! ダメダメ! 1枚だけ!」

「マジで?」


「マジで」


 やたらニコニコ顔の星野さんの頼みで俺と健流のツーショット写真が撮られたが……? 誰得?

 その後で健流は星野さんを誘い、二人の写真を撮った。


「はい、はい、お二人さんも並んで~」


 健流に促されて、俺と七瀬川さんのツーショットを撮ったのだが、俺は少し心に痛みを持っていた。

 スロープを降りた所に巨大水槽があり、多分何百という魚が泳いでいる。


「相変わらず凄いな」

「何匹泳いでいるんだろうね」


「桐芭、数えてみ」

「出来るかアホ!」


 四人で水槽を眺めている中、手前に来たエイを見るのに視線を下に向けた。

 七瀬川さんの足が見えて、薄いピンクのペディキュアが塗られている爪先の方が海砂で汚れているのが見えた。


「健流、俺達向こうのベンチに行って来るわ」


 七瀬川さんを連れ、奥のベンチに座る。

 ボディバッグからハンカチを取り出し、七瀬川さんの前に行って片膝をついてしゃがみ込んだ俺は、綺麗に塗られているペディキュアに傷が付かないように、そっと足の海砂を払い除ける。


「シャチん時に足元も濡れたからね。水族館前にあった砂場で付いたのかな?」

「…………え」


「綺麗なペディキュアだね?」

「ト、ト、ト、トウ、トウハクン」


「ん?」

「ジ、ジ、ジブンデデキマフ~」


 七瀬川さんはポーチからハンカチを出して、左足の海砂を払う。


 がフッ!!!


 七瀬川さんが前傾にした時に、服の胸元から奥にある胸の谷間が見えてしまった……。


 ……大きい。


 俺は七瀬川さんにぶつからないように立ち上がり、目を泳がせていた。

 俺の泳いだ目の先で、健流と星野さんが何故かガッツポーズを取ってこちらを見ていたのが見えた気がした?


 水族館を歩いて行くとベルーガショーのホールがある。ショーはやっていなかったので席はガラガラだ。

 俺達はそこに座って少し休憩する事とした。


「提案なんだが、ライングループ作らないか?今日撮った写真とか配るより、グループにアップした方が楽だし」


「あたしはいいよ~」

「俺もかまわないが」

「は、はい…」


「ウッシ! 今日の成果その8だ!」

「健流、成果8って?」


「まぁ色々だ。桐芭はどうなんだ?」

「え? 俺? 俺は……」


 成果ってなんだって考えていると、先ほど見えてしまった胸元をリアルに思い出してしまった。


「桐芭? 顔が赤いぞ?」

「せ、成果とか関係なく楽しんでるよ」


「星野さんは、星野さんはどう?」


 健流は俺への振りを終わらせ、本命の星野さんに聞いてみた。


「う~ん…ゼロって言ったらどうする?」


 ニコニコと微笑んで言う星野さんに対し、健流はこの世の終わりの様な顔で呆然としている。


「あっ、ウソウソ、沢山合ったよ! ほらほら元気出して!」


 星野さんは呆けていた健流の頭を撫でていた。


「成果その9~」


 健流にスマイルを戻した星野さんは七瀬川さんに聞いてみた。


「芭月は成果あったよね」


「……は、はい」


 頬を赤く染めた七瀬川さんは俯いてしまった。

 その後は水族館を一周し、アシカショーを見て帰路についた。


 みんなとは駅前で別れ、歩いて家に向かう。心に少し痛みを感じながら……。


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