第5話 悩む少年

 俺はリビングのソファーに膝を抱えて座っている。奥ではクリ姉ぇが夕飯の下拵えをしていた。


「はぁ~」


 悩む悩む悩む悩む悩む悩む悩む悩む……


「悩める少年。お姉さんに話してみなさいな」


 クリ姉ぇがエプロン姿のまま、ソファーに腰掛ける。


「(ぼそっ)……女子ってさ、男子の下の名前で呼ぶのって嬉しいのかな?」

「好きな人なら嬉しいよ。でも女の子も下の名前で呼ばれたらもっと嬉しいよ」


 グサッ! っと俺の心に見えない槍が突き刺さる。


「(ぼそっ)……女子ってさ、手とか握られると嬉しいのかな?」

「好きな人なら嬉しいよ」


 グサッ、グサッ! 二本。


「(ぼそっ)……女子ってさ、ツーショットで写真とか撮ると嬉しいのかな?」

「好きな人となら嬉しいよ」


 グサッ、グサッ、グサッ! 三本。


「(ぼそっ)……そんな女の子はさ、今日は楽しかったのかな?」

「ウキウキ、ルンルンで今夜は眠れないね」


 グサッ、グサッ、グサッ、グサッ! 四本。死んだ。


「(ぼそっ)……俺、どうしよう……」

「桐芭はその女の子の事をどう思ったの?」


「……無口だけど、優しさが伝わって来た。一緒にいて安心できたかな……。確実に苦手なタイプじゃないよ」

「だったら付き合っちゃいなよ」


 ニコっと優しく微笑むクリ姉ぇ。


「…………」


「2年前の女の子はさ、大丈夫。その子は今も生きていて、元気に学校に行って、楽しく恋愛しているよ。だから桐芭のハートブレイク。桐芭も新しい道に進まなくちゃ!」


「……クリ姉ぇ……」


「同じクラスの子?」

「1組の子」


「名前は?」

「七瀬川さん」


「下の名前は?」

「ハヅキさん」


「ん?」


「七瀬川ハヅキさん」


「漢字は?」

「知らない」


「聞きなさい」

「来週ね」


「今でしょ」

「はぁ?」


 タイミングというのは何故こうも都合よく出来ているのだろうか。『ライン♪』と俺のスマホが鳴った。


 ラインに健流がコメしていた。


『今日はお疲れ様。写真見てね』ータケル

『楽しかったね』ーアケミ

『楽しかったです』ーハヅキ


「ほらほら、桐芭も参加して~、ついでに聞いちゃいなよ」


「マジか?」

「ほらほら」


『楽しかったね』ートウハ


『ハヅキさんの漢字教えて下さい、と姉から』ートウハ

『芭月です』ーハヅキ


 葉月じゃなくて良かった~。と思っていたらクリ姉ぇから過酷なミッションが発令されたよ……マジか!


「ホントに打つの?」

「ホントのホントよ! 桐芭の退路を絶つのよ!」


「クリ姉ぇは誰の味方だよ」

「勿論、愛の味方よ」


 可愛くウインクとかしているが、悪魔のウインクにしか俺には見えない。


『桐芭の芭と一緒なんだね。運命を感じるよ、と姉に脅されて打ってます涙』ートウハ


『久莉彩さん最高です』ータケル

『いつも憧れています』ーアケミ

『ありがとうございます』ーハヅキ



「ほらほら、芭月ちゃん喜んでるよ!」

「そうかなぁ」

「はい、次、打ち込んで!」


『姉もライングループに入りたいそうです涙』ートウハ


『めちゃめちゃ喜んで!』ータケル


 俺はしかたなくクリ姉ぇを招待した。


『皆さん今晩は! 桐芭の姉です。クリ姉ぇって呼んでね』ークリス


『無理です』ータケル

『死にます』ーアケミ

『すみません』ーハヅキ


『桐芭の事、よろしくね』ークリス


『任されました』ータケル

『了解でーす』ーアケミ

『……はい』ーハヅキ


『これはいったい何の会だ?』ートウハ

『青春を楽しく謳歌する会』ータケル

『いいね』ークリス


 暫くラインでのやり取りが続いた。俺は今までこういうやり取りをした事がなかったから楽しかった。


 ラインが終わりクリ姉ぇが夕飯の準備に戻って行く。

 俺は七瀬川さんにフォローメールを打っていた。


『姉が迷惑かけてゴメンね』ートウハ

『気にしないで下さい。嬉しかったです』ーハヅキ


『ありがとう。今日は疲れなかった?』ートウハ

『それ以上に楽しかったです』ーハヅキ


『なんか姉がライングループに入ってしまって迷惑かけます』ートウハ

『久莉彩さん素敵なので楽しみです』ーハヅキ


『姉は残念な生き物なのです。期待しないように。また学校で会いましょう』ートウハ

『はい。また学校で。おやすみなさい桐芭君』ーハヅキ


「誰がぁ〜、残念な生き物なのかなぁ~、桐芭君」


 不敵なスマイルのクリ姉ぇ。


「何見てんだよクリ姉ぇ!」


 いつの間にか俺の背後でクリ姉ぇが画面を覗き込んでいた。


「ここの最後、『おやすみなさい桐芭君』は芭月ちゃん頑張って書いたと思うよ。桐芭も頑張りな」


 俺の頭をステンと叩き、クリ姉ぇはまた夕飯の準備に戻って行った。


 頑張れか……。


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