第20話 名前呼び


 僕達は手を繋ぎながら、桜庭の家まで雑談した。

 そして、とある話で白熱していた。


「でね、私が読んだラノベの中で、プロゲーマーの美少女がタワマンに住んでるって設定があったの!」


「ほう、タワマン……」


「あり得なくない!?」


「うん、あり得ないな」


 今白熱しているのは、よく漫画やラノベで出てくるプロゲーマーの設定の話。

 プロの世界を知っている僕達からしたら、結構ツッコミが多いんだよね、設定が。


「そもそも僕達プロなら、タワマンは絶対に住まない」


「もし住んだとしても、二階建てのアパートだよね!」


「だね。だって、マンションタイプのネット回線は本当にあり得ないからね」


「遅い、遅すぎるよ!」


 ネット回線を契約する場合、戸建てタイプとマンションタイプというのがある。

 マンションタイプは住居者で回線を共有している感じなので、住居者が多ければ多い程回線速度が低下する。

 特に家にいる時間である19時以降は著しく遅くなる傾向にある。

 タワマンに関してはほとんどマンションタイプだし、酷いと光回線ではないところもある。

 僕達ゲーマーはそういった回線の快適さを非常に重視するので、タワマンや大き目のマンションに住む選択肢はない。

 

 では何故二階建てのアパートならいいのか?

 それは、二階建て(最近は三階建ても可らしい)のアパートであれば、戸建てタイプを引く事が出来るんだ。

 戸建てタイプは直接電柱から光回線を引っ張ってくる為、他の住人の利用を気にせずにネットを楽しむ事が出来る。

 つまり、戸建てタイプが引けない建物には絶対に住まない。


「後、プロゲーマーになったからって、タワマンに住む家賃を安定して得られる訳じゃないからねぇ」


「そう、そうなんだよ橋本君! ツッコミどころが多すぎて頭にはてなマークが出たよ!」


 桜庭が興奮気味に熱弁する。

 繋いだ手に力が入って、それなりに痛い。


「橋本君は何かツッコミたいプロゲーマー設定ってある?」


「んんん、僕は漫画とかアニメ一切見ないからわからないんだ、ごめんね」


「ううん、気にしないで! じゃあ私からジャンジャン出してくね!」


「ありがとう、桜庭」


 僕が軽くお礼を言うと、桜庭は嬉しそうに微笑む。

 あぁ、本当に綺麗だな。

 こんな綺麗な子が、僕の事を好きになってくれているなんて夢みたいだ。

 

 あっ、ちょっと気になった事がある。


「ねえ桜庭、質問していいかな?」


「ん? なあに?」


「桜庭はさ、何でうちの高校に転校してきたの? 東京で活動するなら芸能コースがある高校の方がよかったんじゃない?」


 桜庭はプロゲーマーだけどグラビアもこなす芸能人に近い立ち位置だ。

 ならば普通科しかないうちの高校より、芸能コースがある高校へ行くのが一番じゃないかとふと思ったんだ。


「最初は私もそう考えていたんだ。だけどね、直感で今の高校に行きたいって思ったの」


「……直感って」


「でも直感を信じてよかった。橋本君に会えたから」


 はにかみながらストレートに言う桜庭に、僕は心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。

 やっぱり、好きだなぁ。


「……僕も桜庭の直感に感謝しなきゃ。君に出会わなければきっと僕は生きる屍の状態――ううん、最悪本当に死んでたかもしれないから。ありがとう、桜庭」


「あはは、面向かってお礼を言われると、照れちゃうな……」


 しかし、転校先を直感で決めるとは……。

 以前からゲームでも直感で行動する所があったけど、私生活でも直感型だったとは。

 桜庭の場合、直感が上手くいっちゃうんだから、羨ましい限りだ。


「あっ、そうだ。話の続き! それでね、日本人で年収一億っていう設定もあったんだよ!」


「日本人で年収一億……。海外チーム所属かな?」


「そこの描写はないんだけど、お金持ちって設定にしたかったみたい」


「……日本人で億いってるプレイヤーって、片手で数えられるレベルじゃない?」


「後はやってるゲームにもよるよねぇ」


「だな。そういえば桜庭は収入どうなの? グラビアとかやってるから結構いってるんじゃない?」


「ぶっちゃけちゃうと、結構いってる! 去年お父さんの年収超えちゃった」


「超えたのかぁ……。確かに桜庭、中規模の大会で上位入賞したり優勝してるからね」


「うん、後は写真集の契約料金とかでお父さんの年収を超えたよ」


「……グラビアすっげぇ」


 ……どうしよう、プロになっても桜庭の年収を超えられる自信がないんだが。

 いやいや、弱気になるな!

 桜庭と付き合いたいんだったら、年収を頑張って超えないと!


「今度写真集のサンプルが届くから、橋本君にあげるね!」


「それ、僕喜んでいいの?」


「喜んで欲しいなぁ」


「ワーイ、ヤッター、ウレシイナァ」


「何で棒読み!?」


 でもおかげでいい目標が出来た。

 プロに戻る事がゴールじゃない。

 付き合ったとしても桜庭と同じ位年収を稼げるプロになる。

 きっと並大抵の努力じゃ叶わないだろうけど、目標は高い方がいい。

 後は、そうだな。

 待たせているのも申し訳ないから、ちょっと関係を一歩進めるか。


「……プロに戻れるように頑張るよ。かなで


「うん、がんばっ……今、なんて?」


「君の名前を呼んだんだよ、奏」


「~~~~~~~っ!!!」


 桜庭――いや、奏の顔が上気していくのが、街灯の灯りで明確に分かった。

 本当に可愛いな、この子は。


「……えっと、その。なんで、急に名前?」


「……直感」


「何それ、私の真似!?」


「ふふ、バレたか」


「いいもん、仕返しする!! ……千明、君」


「っっっっ!?」


 好きな子から名前を呼ばれるのが、こんなに破壊力があるとは!?

 僕の顔面は今、猛烈に熱くなっているのがわかる!!

 これ、意外と体に悪いぞ……。

 名前呼び、慣れるかなぁ。


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