3


「やりましたわね!リーリエ様!」


 小声でメノーラがリーリエに言った。


 しばらく荷馬車が道を進んだところで、アンドレアが「リーリエ様、この先の道を教えていただきたい」と言った。


 リーリエはメノーラに頼んで入れてもらっていた羊皮紙をアンドレアに手渡した。


 荷馬車は街の外れに停めた。


 その場所へ置いておけば、飢えた人々が集まって野菜を持って行くはずだ。


 帰国の際は、クノリス達と合流してしまえば問題ないだろう。


 万が一クノリス達と合流できなければ、この町に戻って馬を買うしかないという作戦だった。


「ですがこれ以上城にこの荷馬車を近づけさせれば、目立ちますからね。手放してしまうのは惜しいが、仕方がない」


 荷馬車を停めると、リーリエとメノーラは荷台から降りた。 


 人気のない裏通りに、馬車を捨てて城を目指す。


 城の裏口に行くと、兵士が立っており、警護をしていた。


 リーリエが出て行った時よりも、城は厳戒態勢を行っているようだ。


「やっぱりあの作戦ですか……」


 少しばかりメノーラが嫌そうに言った。


「温室育ちのお嬢様には難しいですよね。仕方ありません」


 アンドレアがメノーラを挑発すると「そんなことありませんわ!私、温室育ちじゃないことを証明してみせます!」と手のひらを返したように発言を変えた。


「扱いやすい……」


 アンドレアがボソリと呟いたのを、リーリエは聞き逃さなかった。


 向かった先は、下水が流れている川だった。


 人気が全くないトンネルには、人が一人通れるほどの通路がある。


「なんでこんなところを知っているんですか?」


 アンドレアが怪訝そうな表情で言うと「昔、どうしても王宮の人間達から逃げ出したい時にここを発見したんです」とリーリエは答えた。


「今初めて、あなたがアダブランカ王国に来たのはいいことだったんじゃないかと思いましたよ。今初めてね」


 アンドレアは、心底気の毒だといった表情を浮かべた。



***



 匂いのひどい通路を通り、場内へつながる扉の前まで到着した。


 鍵はかかっていなかった。


 こんなところから侵入する人間はいないと高をくくっているのだろう。


「メノーラ。もう場内の地図は頭に入れていますよね?」


「もちろんですわ。完璧に頭に入れています」


「羊皮紙をこちらへ」


 リーリエに言われてメノーラは鞄の中に入っていた羊皮紙を手渡した。


 リーリエは羊皮紙を受け取ると、それをそのまま川へと投げ捨てる。


「何をなさるんですの?」


「こんな物を持っていることが分かれば、即刻捕まります」


 リーリエの言葉に、メノーラは驚いた表情を浮かべた後「分かりましたわ」と答えた。


 城の中に侵入し、使用人たちが使っている洗濯部屋へと侵入する。


 想像しているよりも人気の少ない城内に、不信感を抱かずにはいられなかった。


 洗濯物は予想通りたまっており、三人はそれぞれ使用人の洋服に着替えた。


「まさか、こんな格好を人生ですることになるとは……」


 アンドレアが自分の格好を眺めながら、呟いた。 


 メノーラは、生まれてはじめて使用人が着るような衣服を着たらしく少しだけ浮かれている。


「あなた達!何をそこでしているんだ!」


 金切り声が聞こえたので、三人は驚いて声の主の方を振り返る。


 そこには、使用人頭のキャブリが立っていた。


 キャブリは昔からグランドール王国の城に勤めている。


 勤勉で誰よりも王の言うことを聞く人間だった。


 リーリエのことを覚えていないのか「見かけない顔だな」と訝しげな表情を浮かべている。


「あの。新しく入った者です。ここで待っていればあなたがいらっしゃると聞いておりまして」


「洗濯部屋で待っていろと?」


 アンドレアの言葉にキャブリはさらに訝しげな表情を浮かべた。


「はい。キャシーナという方に言われました」


 少しだけ声を変えて、リーリエが俯きがちに言うと「あのバカ女。またあいつか」とキャブリは苛立ったようにため息をついた。


 キャシーナも昔からグランドール王国で働いている人間だ。


 キャブリとの相性は最悪なので、二人はよくケンカしているのをリーリエは知っていた。


「まあ、いい。お前たち三人こちらへ」


 キャブリは仕事の愚痴を言いながら、城の中を案内して歩く。


 話を要約すると、今年の作物が不作のため、国中で飢饉が起こっていること。


更には、アダブランカ王国から支払われるはずの資金が支払われておらず、使用人たちの賃金が安いこと。


 そして、リーリエ姫がどうやらアダブランカ王国で暗殺されたらしいこと。


「全くどうなることやら……」


 うんざりした口調でキャブリは扉を開けて「ミナール!ミナールはいないの!」と怒鳴り声をあげた。


ミナールと呼ばれた使用人は、慌ててキャブリの元へ走って来た。


「いかがいたしましたでしょうか?」


 ミナールの顔を見て、その場にいたキャブリ以外の全員が驚いて言葉を失った。

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