3
城を抜け出せないリーリエは、メノーラの報告を待っていた。
その間に、ミーナのいる部屋へと向かったが、ミーナの部屋はもぬけの殻だった。
一体どこに行ってしまったのだろうと、使用人たちに尋ねても、傷の回復がある程度落ち着いたので、解雇されたのだろうと言われた。
あまりにも突然の別れに、さすがにリーリエはクノリスのいる書斎へと向かって、文句を言う必要があると決意をした。
「どうしたんだ?」
厳しい表情でリーリエが書斎に飛び込んで来たので、クノリスはひどく驚いたようだった。
「ミーナを解雇したって伺いました」
非難めいた口調にクノリスは「君を守れなかったんだ。当然だ」と淡々と答えた。
「お別れの挨拶もできませんでした」
「……話は、それだけか?俺は忙しいんだ」
「いいえ。話はそれだけじゃない。戦争をやめて欲しい」
「その話は何度もしたはずだ」
クノリスは目を合わせようともせずに、リーリエに部屋に戻っているように言った。
「死ぬつもりなんでしょう?」
リーリエが小さく呟くと、クノリスはようやく顔を上げた。
「……」
「私をこの国に呼び寄せておいて、自分は戦争で死ぬなんてずるいわ」
「死ぬなんて思っていない」
「でも、あなたはグランドール王国の人間がどういう人間か知っているでしょう?姑息な真似をしてくる連中は、あなたをどう狙っていることかなんてわかっているはずよ」
今にもまた泣き出しそうだった。
リーリエにとって、クノリスもまた大事な存在なのだ。
自分をグランドール王国から救ってくれた唯一無二の王様。
クノリスは、席から立ち上がってリーリエの傍までくると優しく抱きしめた。
広い胸板の中で、リーリエは「お願い……やめて」と小さな声で呟いた。
「話を聞いてくれ」
「……」
「これは、君を嫁に呼んだ時から、いや呼ぶ前から決めていたことだ」
「どういうことですか?」
「俺は、あの国をちゃんと滅ぼして、君と対等になりたい。俺のように苦しんでいる人間、死んだ人間達を君よりも俺はたくさん見てきた」
「……」
「俺の母親は、俺を産んだ時にどこかの国へ売られていった。俺は母親の顔も父親が誰かも知らない。俺は誰だ?ってずっと思って生きてきた。奴隷制度がなければ、そんな思いをする人間なんていないはずなんだ。そんなことをする国が、いつまでも存在していていいと思うか?今日も誰かが売られ、誰かがあの国で死んでいる。答えてくれ、リーリエ姫。君はあの国が存続すべきだと本気で思うのか?」
クノリスの話を聞いて、リーリエは身動きが取れなくなった。
「リーリエ姫。この戦争が終われば、本当に結婚しよう。君が母親と助けてくれたあの日、俺は、あの胸くそ悪い人生から解放された。今度は、俺が助ける番だ」
***
リーリエは、部屋の中で一人、母親であるサーシャのことを思い出していた。
母親であるサーシャのとった行動によって、リーリエの身に不幸が降り注いでしまったと思っていた。
本当は、モルガナや国王である父親が悪いと思っていても、心の奥底では、奴隷を解放なんかしなければとずっと思ってきた。
クノリスの言葉はリーリエの中に重くのしかかった。
戦争をやめて欲しいと言っていたリーリエの言葉は、どこかで王宮にいる人間達の目を気にしていた発言だった。
戦争が起こって、もし負けたらリーリエもこの国もひどい目にあうのが嫌で反対意見を述べていたところがある。
しかし、クノリスはずっと先を見ている。
小手先のリーリエとは違い、クノリスはずっと深いところで国と国の関係を見ていた。
母親であるサーシャもきっと、国の先を想って取った行動だったのだろう。
「どう変わるかは、自分の考え方次第だ。君はどうしたい?」
いつかのダットーリオの言葉が、脳裏に浮かんだ。
リーリエはアダブランカ王国とグランドール王国の関係をどうすればいいだろうと考える。
今までリーリエは自分の環境ばかりを考えてきた。
クノリスと今後一緒に生きていくのであれば、彼と同じ方向を向くことが出来るかどうかを真剣に考えなければならない。
彼と同じ方向を向くことは、アダブランカ王国の未来の繁栄を選ぶべきだ。
戦争はアダブランカ王国の繁栄を本当にもたらすのだろうか。
今回、一番罰を受けるべきなのは、リーリエを殺そうとしているグランドールの王宮の人間だ。
本当に戦争が最善の策なのだろうか。
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