2


 つい数日前までは隅々まで綺麗に清掃された王宮にいたというのに、すごい落差だ。

 椅子に座りながら、この後どうするか考えた。


 下手をすると殺されてしまうのではないかと不安になるが、殺されるにしてもまだ時間に余裕があるだろうと、リーリエは部屋の中を物色することにした。


 何年も使っていなかった部屋の中の物を触るのは、色々と勇気のいることだったが、何もしないでいるよりは気が楽でいられる。


 本棚の中を確認していると、一冊だけタイトルの記載されていない本を発見した。


 リーリエはその本を取り出すと、一度窓の外に向かって埃を払った後、ページを開く。


 中は日記が記載されているようだ。


 誰の日記だろうかと、リーリエは好奇心から文字を目で追った。



 〇月×日

 今日も迎えは来なかった。

 城から出る時、少しの時間だと言っていたのに。 

 私のことを愛してくれる人間なんかいない。

 みんな嫌いだ。

 お父様もお母様も。

 ノルフだって、私の傍にいてくれるって言っているけれど、いつまで一緒にいてくれるか分からない。

 嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき!

 みんな嘘つき!私は誰のことも信じない。


 〇月〇△日

 今日兄が来た。

 私のことを出来損ないのクズだと言った。

 私のことが必要ないから、王であるお父様は私のことを、出来損ないのノルフと奴隷と共に、こんな辺境の地に捨てたのだと。

 私をもう城に呼び戻さないなんて、嘘よ。

 あんな男兄じゃない。

絶対に許さない。何があっても復讐してやる。


 □月△日

 今日は誓いの言葉をノルフと立てた。

 絶対に破れない誓いの言葉。

 破ったら、私もノルフも命を落とす誓いの言葉。

 私があの国の支配者になったら、絶対に復讐する。 

 私以外の人間が、私をどうすることもできないようにしてやる。絶対に。


 ノルフという人物の名前が出てきて。リーリエは驚いた。


 ノルフとは、あのノルフだろうか。


 そうなると、この日記を書いた人物は心当たりが一人しかいない。


 日記のページをパラパラとめくるが、記載者の名前は書かれていなかった。


 日記は数年間に渡り、気分が向いた時に書かれていたようだった。


 この辺境の地にその人物がノルフと共に残されていたのかと思うと、少しだけ不憫な気持ちになった。


 最後のページをめくると、二日間だけ走り書きのような文字で書かれてあった。


 

 □月××日

 グランドール王国のレオポルドのところへ嫁ぐことになった。

 私は、国のおもちゃになりたくない。

 絶対に嫌だと思っていたのに。どうして私には力がないのだろう。

 誰にも負けたくないと誓ったはずなのに、結局私は強大な力に負けて人生をゆだねるだけになっている。

 それに、ノルフは私の結婚に反対しなかった。

 私が好きだということを知っていて、どうしてノルフは私の結婚を反対してくれないの。


 △月〇□日

 明日グランドール王国に行く。

 私にチャンスがやって来たと思えばいい。

 あの国で私は誰にもないがしろにされないような、絶対的な力を持ってやる。


 間違いなかった。


 この日記の記載者はモルガナで間違いない。 


 リーリエは、日記を閉じると埃のかぶった本棚に戻した。


 意図せずにモルガナの日記を読んでしまったことで、リーリエの心臓がバクバクとなっていた。


 この屋敷は、モルガナがグランドール王国に嫁いで来る前に滞在していた屋敷なのだ。

 


***



 ドルマン王国出身のモルガナが、こんな何もない辺鄙な谷の傍で暮らしていたのは一体どういった理由があったのだろうか。


 こんな時、国の歴史に詳しいメノーラがいてくれれば、どれだけ心強いだろうか。


 きっと「なるほど。分かりましたわ!この時のドルマン王国の王は」と意気揚々と話始めるのだろう。


 だが、状況が状況だけに、もしこの場にメノーラがいたらパニックになっているに違いないと、リーリエは一人クスクスと小さく笑った。


 本来は笑っている場合ではないのだが、そうすることでリーリエは気持ちが前向きになれた。


 日記の中には、ノルフというワードも出てきた。


 ノルフは過去にこの部屋をモルガナが使っていたと知っていたのにも関わらず、なぜリーリエをこの部屋に閉じ込めたのだろう。


 リーリエが何も調べないと思ったのだろうか。


 他にもなにか手がかりがないか、リーリエは部屋の中を物色した。


 しかし、それ以外は何も出てこなかったので、リーリエはもう一度モルガナの日記を読むことにした。


 人の日記を読むなど悪趣味だと思うが、今までモルガナがリーリエにしてきた仕打ちを考えると、日記を読むくらいは許される気がした。


 日記の中には、家族への憎悪、ノルフへの恋心が主に綴られていた。


 日記を読むにつれて、リーリエはモルガナという女性のことを心の底から同情した。


 一体ドルマン王国で何があったのだろうか。

 王宮から追い出され、愛を知らず、唯一心を許すことが出来るのは、ノルフだけ。


 そのノルフとの恋すら、国同士の政略結婚で儚く散っていった。


 モルガナがリーリエにしたことは、決して許すことができるものではないが、あまりにもモルガナの人生は侘しく悲しいものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る