3
リーリエが閉じ込められて何時間経っただろうか。
外は真っ暗になっていた。
燭台もないので、日記の文字は追えなくなった。
暗い部屋の中で、リーリエは目が慣れるのを待った。
部屋の中にあるのは小さな小窓だけ。
その窓の隙間から、三日月が顔をのぞかせていた。
逃げようにも鍵がかけられており、外にも出られないでいた。
幽閉生活は体験したことがあるが、まさか監禁までされてしまうとは。
不思議と怖いという感情はなかった。
時折、谷底から、人の泣き声のような風の音が聞こえるが、リーリエは混乱することなく落ち着きを払っていた。
畑にいた男性は、リーリエのことを王都に伝えに行ってくれただろうか。
彼の行動だけが頼みの綱だった。
もし、グランドール王国に連れ戻された場合は……と考えたところでリーリエはハッとした。
なぜそのままグランドール王国に、リーリエを連れ戻さなかったのだろうか。
チェルターメンの谷は、グランドール王国とアダブランカ王国の国境よりかなり東に位置している。
リーリエをアダブランカ王国からグランドール王国に戻すためには、かなりの寄り道だ。
嫌な予感が、リーリエの中に芽生えた。
ノルフは、いやモルガナはリーリエをグランドール王国に戻すつもりはないのだ。
気づいた時にはもう遅かった。
部屋の外でパチパチと何か火が燃えるような音がした。
扉の下から、黒い煙がゆっくりとリーリエのいる部屋に浸食してくる。
慌てて逃げ場所を探すが、部屋の中には小さな窓が一つしかない。
それも腕を通すのがやっとのほどだ。
埃っぽい部屋の中は、火がよく通る。
ミシミシと木が軋む音がして、部屋の温度が徐々に上がっていく。
その時、リーリエは昔のことを思い出していた。
グランドール王国で昔に起きたこと。
母親であるサーシャが、燃やされそうになっている奴隷達を解放しようとしている時だった。
「お母様!」
リーリエが、自分より大きな斧を使いこなせていない少年を発見して、自分の母親に呼び掛けた。
「ありがとう……」
少年が御礼を言うと、リーリエは首を横に振った。
「心配はいらないわ。もう助けが来るから」
「君はもう逃げた方がいい」
「いいえ、助けが来るまで一緒にいるわ。それに、子供二人でも一緒にやれば切れるかもしれない」
リーリエが少年の手の上に自分の手を重ねた。
その瞬間、リーリエと少年の視線も重なった。
お互いにお互いが不思議な感覚に陥っていた。まるで昔から一緒にいたような、懐かしい不思議な感覚に。
「リーリエ、あなたはもう外へ出なさい!」
娘のところへ慌てて駆け付けた第四王妃サーシャは、娘を自分の護衛の一人に預けると、もう一人の護衛に少年を救うように指示した。
「あの時の……」
少年はクノリスだったのではないかと。
煙は容赦なくリーリエに襲い掛かる。
悠長に昔のことを思い出している場合ではないが、こんな時だからこそ思い出すのかもしれなかった。
グランドール王国で地獄のような日々を過ごしていたリーリエに、結婚という形で救い出してくれたクノリス。
最後に一目でも会うことが出来るのであれば、あの時の少年がクノリスだったのか聞きたい。
炎が部屋の中に入って来た。
もうだめだと思った時、扉が何者かによって突き破られる音がした。
薄れゆく意識の中で、リーリエはクノリスが助けに来てくれるという幻想を見た。
***
目を開くと、見慣れない幼い少女がリーリエのことを覗き込んでいた。
「じっちゃん!目覚めたよ!」
少女は、リーリエから離れ大きな声で彼女の祖父と思われる男性に声をかけた。
男性は、食事を作っているようだった。
鍋の中から、スープのいい香りが漂っていた。
リーリエは身体を起こそうとしたが、痛くて動かすことができない。
「無理をするな。軽い火傷で済んだが、本棚の下敷きになっていたんだからな」
リーリエが顔を声の方へと向けると、畑で出会った初老の男性が立っていた。
「え……」
「心配するな。あのイアリングは、信用のできる別の者が持って王都へと向かっている。あの後お前さんのことが心配になってな。後をつけたんが、案の定だったな」
男性の言葉にリーリエは「なんと御礼を言ったらいいのか……」と力ない声で呟いた。
「礼には及ばん。わしが懸命に育てたジャーツの実をぐちゃぐちゃされたことなど、全く根に持っとらんわ」
しっかりと根に持っているらしい男性は、ラッシュと名乗った。
「ラッシュさん……本当に」
「お前さんが謝ることではない。ところで、この日記のようなものはお前さんの物だろう。大事に抱え取ったぞ」
ラッシュが差し出したのは、モルガナの日記だった。
こんなもの必要ないのにとリーリエは思ったが、命がけで助けてくれたラッシュの好意を無駄にしたくなくて、受け取ることにした。
ラッシュの家はあまり裕福ではなさそうだった。
アダブランカ王国で与えられたリーリエのクローゼットの半分にも満たない大きさの部屋の中で、ベッドが二つ並んでいた。
そのうちの一つをリーリエが使っている。
ベッドの傍には、食事をするための机と椅子が並んでおり、その向こうでは暖炉の中で火がパチパチと燃えていた。
あの火が、大きなうねりとなってリーリエに襲いかかろうとしていたという事実に今更ながら背筋がゾッとした。
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