Episode07:孤独な花嫁

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 夜が明けた。

 日の光が馬車の窓から直接リーリエに当たったので、リーリエはまぶしくて目が覚めた。


 馬車の中で少しばかり眠ってしまっていたようだった。

 自分の身なりを確認するが、特に異常はないようだ。


 リーリエが目覚めても、誰も彼女に声をかけてくるものはいなかった。


 男たちは交代で睡眠をとっているらしく、隙が無い。


 けれども、チャンスいずれやってくるのだと、リーリエは信じていた。


 日が昇ってからしばらく経って、馬車は停車した。

 食事の時間がやって来て、昨日と同じ固いパンが渡された。


 ひどくお腹がすいていたので、リーリエはそれを噛り付きながら、人に接触が出来ないのであれば、何か印になる物は作れないかと周囲を見渡すが畑ばかりが広がっており、木や石など固いものは落ちていない。


 畑の中を覗くと、赤い果実がなっていた。


 王宮では見たことがないものだった。


 あまりに美味しそうだったので、その実を数個拝借した。


「お前、何をやっとる」


 畑の中で、一人の初老の男性が作業をしていたようだ。


 かがんでいるので、馬車を止めている場所からは生い茂った葉で見えなかったのだ。


 勿論ノルフ達からも見えていない。


 リーリエはチャンスだと彼に向かって「お願いがあります」と小さな声で懇願した。


「泥棒が何を言っている。果実を持っていくのであれば、金を渡せ」


 自分の作った作物をこうも勝手に持っていかれては、困ると男性は文句をブツブツ呟いていた。


「王都トスカニーニの城でクノリス王に、リーリエが支払ってくれと言っていたと言えば、王宮から金をもらえるはずです」


「バカにするな!お前みたいな身なりのものが、王宮と関わりがあるものか」


「本当です。信じてください」


 お願いをする際に、頭を下げると耳に着けていたイアリングが土の上にポトリと落ちた。


 男性は高級そうなイアリングを見て驚いている。


 リーリエはこれだと、もう片方のイアリングを取り男性に押し付けた。


「代金としてこちらを差し上げます。その代わり、王都トスカニーニに行って、クノリス王にリーリエがここを通ったと教えてください」


 男性が怪訝そうな表情をした時「いつまで何をやっている!早く来い」と男たちの怒鳴り声が聞こえた。


「お前、大丈夫なのか?」


 先程まで泥棒だと詰っていた男性が心配そうに、リーリエを見た。


「大丈夫です。あなたに託しましたから」


「これも持っていけ」


 なっていた赤い果実を、男性は慌てたように両手いっぱいにリーリエ渡した。


「頭を上げないで。彼らはあまり平民に優しい人間ではありませんから」


 リーリエは果実の御礼を述べると、両手いっぱいに果実を持って馬車に戻った。


 馬車の中に乗ると、リーリエが持ってきた果実は馬車の外に捨てられてしまった。


 作物を作っていた男性には申し訳ないが、目的は果たせたので彼に期待するしかない。


 リーリエが勝手な行動を取ったので、次からは監視の目が厳しくなるだろう。


 リーリエの予想通り、監視の目は厳しくなった。


「あなたは、随分と見ない間に御変わりになられてしまったようだ」


 ノルフが嫌味を言う。


 リーリエは彼の言葉に答えなかった。


 前のリーリエだったらそれだけで泣きそうになっていたはずだが、クノリスが助けに来てくれるはずだと信じると少しだけでも勇気が沸いた。



***


 夕方になった頃、馬車が急停車した。


「こちらへ」


 馬車を降りると、目の前には小さな屋敷が建っていた。

 質問してもどうせ答えてもらえないので、リーリエは黙って後をついて行く。

 屋敷の傍には深い谷が広がっていた。


「まさか……ここは、チェルターメンの谷?」


 思わず口に出してしまった。

 ノルフが振り返って、リーリエを一瞥したが何も言わなかった。


 チェルターメンの谷とは、グランドール王国、アダブランカ王国、そしてドルマン王国の三つの国の境目となっている谷である。


 協定にて、この谷はどこの国にも属さないことになっているが、なぜこんなところに屋敷があるのだろうか。


 そもそも、リーリエはグランドール王国に連れ戻されるはずなのではなかったのだろうか。


 嫌な予感がリーリエの中で走る。


 どうか、その嫌な予感だけは当たらないで欲しいとリーリエは願った。

 屋敷の中に入ると、随分と掃除をしていなかったようで、歩くたびに埃が舞った。


「しばらくこちらでご滞在していただきます。それでは、私はモルガナ様にご報告がありますので少し離れますが、逃げようとは思わないように」


 ノルフはそれだけ言うと、扉を閉めて鍵をかけてしまった。


 一人残されたリーリエは、部屋の中を見渡した。


 天井には蜘蛛の巣がはっており、ドアからリーリエが歩いてきた場所には足跡がくっきりと浮かび上がっている。


「まるで幽霊屋敷だわ……」


 ぽそりと一人で呟くと、本当にお化けが出てきてしまうような気がして、背筋がゾッと寒くなった。


 とりあえず換気をしようと、小さな窓をあけると新鮮な空気が部屋の中に入ってくると同時に埃が舞った。


 こればっかりはどうにかしなければと、リーリエはくしゃみをしながら埃をまとめられるようなものを探した。


 部屋の端に蜘蛛の巣に紛れた箒を見つけたので、リーリエは蜘蛛の巣を取り除いて床の埃を一か所にまとめた。


 ベッドはすっかりかび臭くなっており、とてもではないが今夜はこのベッドで眠りたくはなかった。


 床の埃を取り除いただけで、先程と比べると随分マシになったので、リーリエは座れるか確認済みの椅子に座って身体を休めた。

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