6


 馬車が出発してから半日が経った。 


 外はすっかり闇に紛れ、馬車は明かりを灯しながら道を走っている。


 アダブランカ王国に来た時は、馬車の中でクノリスの膝の上に乗せられてどうしたらいいのか戸惑ったことを思い出した。


 ナイフで刺されたミーナは大丈夫なのだろうか。


 クローゼットの中に隠されているのを、誰か見つけてくれればよいのだが。


 無事を心の中で祈り、リーリエは頭を切り替えた。 


 王都トスカニーニからはもうずいぶんと離れてしまった。


 しかし、まだ領土はアダブランカ王国だ。


 国境を超える前に、一度馬車から降りて誰かに助けを求めなければならない。


 リーリエはチャンスを待つことにした。


 今、無理矢理暴れても眠るような薬を盛られてしまい、グランドール王国に到着する頃に目覚めるといった最悪の事態だけは避けたかった。


 従順に大人しくしておけば、モルガナの目の前に出されるまで安全は保障されるだろう。


 モルガナがリーリエを殺せと命じていなければの話ではあるが。


 先程ノルフは「商品を回収するまで」とリーリエにはっきりと言い放っていた。


 大方、新しい儲け先を見つけリーリエを売り飛ばす算段なのだろう。


 そうなると、モルガナのところまで到着するまでに物理的に傷つけられるような真似はされないはずだ。


 王族は奴隷とならないという古いしきたりがあるのにも関わらず、これでは扱いは同じだ。


 リーリエは、静か車内を見渡す。


 馬車は基本無音だった。


 ノルフの他に乗っている男は、見慣れない顔だった。


 新しく雇ったのだろう。


 モルガナはノルフ以外の男性従者は常に入れ替えをしている。


 理由は二つ。

 モルガナが新しい男が常に欲しくなることと、自分は女王のお気に入りであると、調子に乗って反乱を起こされないようにするためだ。


 奴隷生産国のグランドール王国では、王族に憎しみの心を抱いている人間は少なくない。


 反乱を起こせば、本人だけでなく、その家族、友人を含め全て処刑および重い罰則が待ち受けている。


 だが、中にはそれすら恐れずに、モルガナに取り入ろうとする男もいるのだろう。


 結局、モルガナの自業自得なのだが、リーリエは口が裂けてもそのようなことを言えるはずがなかった。


 一度馬車が停車して、用を足すことと、些末な食事を与えられた。


 誰かに助けを求めようとしたが、暗闇の中には人一人存在していなかった。


 あと二日もしないうちにグランドール王国に到着してしまうと、リーリエは焦ったが、チャンスがない時にじたばたしても仕方がないと、自分を律した。


「早く乗れ」


 男に怒鳴られて、リーリエは固くなったパンを必死に口の中に押し込んだ。


 今は腹をこしらえて、然るべき時に動けるようにしなくてはならない。

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