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 結婚式のドレスが出来上り、最終的な試着をするために仕立屋が到着した時、部屋の中にはミーナとリーリエの二人だけだった。


 見張りをしてくれているガルベルやマーロも、花嫁のドレスを見せるわけにはいかないので、昼食に行くようお願いをしてある。


 ダットーリオも同じように気を使って、図書館で書物を読んでいるはずだ。


 最初にリーリエが疑問を抱いたのは、いつも読んでいる仕立屋ではなく、風邪を引いたとのことで仕立屋の妻が城へやって来たことだった。


 しかし、身分証明書もしっかりしていたようで、仕立屋の妻はメイドに案内されてリーリエの部屋の中へやって来た。


「結婚式のドレスの最終チェックに参りました」


 トランクの中から出された、真っ白なウェディングドレスを見て、リーリエもミーナも感嘆の声を上げた。


 白く、シフォン素材がふわふわと揺れるスカート。


 ウェストはしっかり引き締まっており、胸元にはいくつものダイヤモンドが輝いていた。


「お召替えをいたしましよう」


 仕立屋の妻が、アナと名乗った時だった。


 アナは、鞄の中からナイフを取り出して、傍に立っていたミーナの腹を突き刺した。


 あまりに突然のことだったので、ミーナは反応が遅れ腹を抑えてうずくまった。


「ミー……!」


 ミーナと叫ぼうとした瞬間、アナは耳もとで「大きな声を出したら、お前もこいつも殺す」と囁いた。


 一体何が起こったのか分からず、リーリエは混乱したが、言うことを聞いた方がよさそうだとリーリエは判断した。


「大人しくしていろ。そこを動くな」


 アナに指示をされて、リーリエは動かずに立ち止まっている。


 その間に、アナはミーナを縛り上げてクローゼットの中へと隠した。


 床に付着した血痕は、リーリエが着るはずだったドレスで拭われてミーナの上にかけられる。


「主人が着るはずのドレスをこんなに汚して、なんという従者だよ」


 アナは楽しそうに笑った後、トランクの中から、アナが来ている衣装と全く同じ物を取り出して、リーリエに着替えるよう指示をした。


「どうして?」


「どうしてもこうしてもないんだよ。早く着替えな」


 ナイフを喉元にさされて、リーリエは怯えながらも着替えた。


 着替えが終わると、アナはリーリエが脱いだドレスをクローゼットの中へ入れ、クローゼットの中にある宝石類をトランクの中へと入れた。


「こんな贅沢ばかりしやがって、これだから王族は」



***



 リーリエはクノリスの計らいによって、ほとんどを部屋の中で過ごしているので、城の中でリーリエの顔を知っているのはごく一部の人間のみだ。


 不幸にも、アナに連れられて歩いているのは、リーリエの顔をほとんど知らない人間ばかりだった。


 アナを部屋に案内したメイドが「こっちだよ」とアナを案内する。


 城の中に共謀者がいたとはと声を上げようとするが、背中にナイフをあてられているのでリーリエは声をあげることができなかった。


 洗濯部屋の中を通り、古びた木の扉がついている裏口までメイドが案内をするとアナはポケットの中から金の入っている袋を取り出してメイドに手渡した。


 メイドはそれを受け取ると「重病の母がいるのよ。許してね。お姫様」と笑った。


 戸惑うリーリエにアナは「早く歩け」と背中をナイフで押した。


 アナは、城から離れ人通りの激しい道へ出るとナイフをしまい、リーリエの洋服を掴んだ。


「いいか。逃げようとなんて思うなよ」


「あなたは誰?」


 リーリエが尋ねても、アナは答えず無視を決め込んだ。


 人通りが少なくなった裏通りに、馬車が一台止まっている。


 地味な馬車だった。


「乗れ」


 アナに言われて、リーリエは馬車に乗った。

 逃げるチャンスはここが最後だが、背後にまたナイフを突きつけられてしまったので逃げられはしなかった。


「ご苦労だった」


 馬車の中には、男が何人か乗っていた。


 その中には、見覚えのある顔の男をリーリエは見つけた。


「お久しぶりですね。リーリエ様」


 その男は、継母の腹心の部下であるノルフという男だった。


「ノルフ……なぜあなたが?」


「モルガナ様の御用達により、リーリエ様。あなたをグランドール王国へ連れ戻すようにと」


「でも、私は」


「モルガナ様は、クノリス王が金を支払っていないと仰っております。あなたは金銭によってアダブランカ王国に売られたお方だが、支払いがないのであれば、商品を回収するまででございます」


「クノリス王は、金を送金したと言っていたわ」


 悪あがきだと分かっていても、リーリエは言わずにはいられなかった。


 ノルフは、目じりの皺を浮かべて微笑んだ。


「随分と、アダブランカの国王にご執心なさっているようですね。これは、モルガナ様によい土産話が出来たではございませんか」


 何を言っても通じないことを、なぜ忘れていたのだろう。


 リーリエは、グランドール王国にいたことを思い出して、絶望した。


 またあの生活に戻るのか。


「出発しろ」というノルフの一言で馬車は出発した。

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