5


 どのくらい唇を塞がれていただろうか。

 酸欠になるほど情熱的なキスを送られて、リーリエは腰を抜かしてしまっていた。


「俺が君を避けていたのは、刻印を見せれば君は、俺を嫌悪すると思ったからだ」


 しゃがみこんで、クノリスはリーリエの顔を覗き込んだ。

 その表情は、随分と苦しそうだ。


「そんなこと……思わないわ」


 今度は、リーリエがクノリスに口づけた。


 少しずつ唇に触れると、クノリスは無言で応じてきた。


 クノリスの柔らかい唇が、触れる度にリーリエの口から吐息が漏れる。


 どのくらいの間、唇が重なっていただろうか。


「ダットーリオ殿下の妹と婚姻が決まっていたんでしょう?」


 リーリエが静かに問い、クノリスの瞳を見つめると「ダットーリオがなんと言おうと、俺は君と結婚をする。同情なんかで結婚をしてたまるか」と彼は静かに答えた。


「君にその知識を入れたのは誰だ……。決まっていたとしても君を愛人になんかさせない」


「愛人でも構わない。あの国に帰るくらいなら、愛人の方がずっと幸せだもの」


「どうしてそんな風に自分を蔑むんだ。君は王族だ。俺とは違う。誇りを持て」


「王族でも、教養も知識も金も名誉もない、血筋だけの王族よ」


「俺は、妻は一人しか持つつもりはない。君を妻に迎えると決めた。決定は誰になんと言われようと揺るがさない」


 クノリスの言葉に、リーリエが顔を上げた。


「だけど……」


「君だから、背中の刻印を見せることが出来た。ダットーリオが俺の過去を知っているとはいえ、彼の妹に背中の刻印を見せる気にはならない。君だって分かっているだろう。奴隷の子は奴隷。王族の子は王族だ。平等をうたっているが、俺が元奴隷と分かれば、アダブランカ王国の平和だっていつまで続くか分からない」


「だったら、尚更、あなたはダットーリオ殿下の妹と結婚すべきよ。後ろ盾があるもの。国の繁栄には繋がるわ」


「だから、自分は身を引くと?愛人の第二号に収まるというのか?くだらない。そんなことを言う為に、俺にキスをしたっていうのか?」


「違う!キスをしたのは……」


 ダットーリオの言葉が脳裏に蘇る。


「これから全土の奴隷を廃止するために、イタカリーナ王国とアダブランカ王国は協力していく予定なんだ。そのために、私の妹とクノリスの結婚は必須なんだよ。両国がしっかり結ばれれば、その分勢いは強くなる。分かってくれるね」


 話をしながら、リーリエの胸は張り裂けそうだった。


 キスをして初めてリーリエは理解していた。


 クノリスを愛し始めていると。


 グランドール王国の後ろ盾のない自分では、今後クノリスを助けることはできない。


 あのひどい世界から助けてくれたからだけではない。


 この国に来て、優しく接してくれたこと。


 度が過ぎた触れ合いをしてくるときもあるが、いつも楽しそうに慈しむような表情でリーリエを見てくること。

 全てが好きだと気が付いた時には、もう遅い。


 泣きそうな気持を抑えて、リーリエはもう一度だけクノリスにキスをしていた。

 

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