6
目が覚めると、隣にクノリスが眠っていた。
眠っているクノリスは、少しだけ幼く見える。
リーリエは、クノリスの頬に指を滑らせて優しく撫でた。
「朝から悪戯をしてくるとは、ずいぶんと煽ることが上手いお姫様だな」
「起きていたの?」
「好きな女に朝から触れられて起きない男はいなだろ」
クノリスは、リーリエの手を掴むと手の甲にキスを落とす。
「私……部屋に戻らないと」
「朝食はここで食べればいい」
「でも着替えが」
「着替えもここに持ってこさせればいい。誰もが昨夜俺たちが一緒に過ごしたことを知っているはずだ」
身体を起こして逃げ出そうとするリーリエを、クノリスは背後から抱きしめた。
「やっと触れてもいいと本人から許可が降りたんだ。もう少し堪能させてくれ」
抱きしめられると、リーリエは何も言えなくなってしまった。
自分の胸元にきたクノリスの手に、リーリエは優しく手を重ねる。
しばらくすると、ノックの音がしてミーナが部屋に入って来た。
「おはようございます。随分と熱いお戯れで」
ミーナは、真顔で淡々とリーリエの新しいドレスや下着を準備して、クノリスにリーリエを解放するように指示する。
「もう少し」
リーリエを解放しようとしないクノリスにしびれを切らし、ミーナは思い切り布団を剥がす。
「いい加減になさってください。クノリス王」
「ミーナちゃんの意地悪」
「悪口はお好きにどうぞ。で、クノリス様はダットーリオ殿下のことをどうするおつもりですか?」
クノリスからリーリエを引きはがした後、ミーナがズバッと切り込んだ。
「ミーナ……そんなこと」
「リーリエ様。私、今回のことはダットーリオ殿下を許せません。傷ついたでしょう。あんなことを好き放題言われて」
ミーナは本気で怒っているようだった。
「好き放題言われたって話は、聞いてないぞ。リーリエ姫」
クノリスの声がワントーン下がった。
途端に背筋が凍ったような気がして、リーリエはクノリスの方を振り向けなかった。
「ご報告が遅れましたようで、昨日ダットーリオ殿下より、結婚を諦めろと二回目の脅しをリーリエ様は受けました。利用価値がないだの、同盟国が強大になるために、君はあきらめるべきだの、言いたい放題でしたよね」
ミーナがリーリエの前に出て明け透けに、暴露していく。
「なるほどな……」
クノリスが静かに呟いた。
あまりに冷たい声色だったので、リーリエは「ミーナ。これ以上は」とミーナを止めようとしたが、彼女は報告をやめなかった。
***
午後になって、リーリエはクノリスと共に、ダットーリオの滞在している部屋へと向かった。
向かったというよりも、クノリスに無理矢理に連れて行かれたという方が、表現としては正しいのかもしれないが。
重要な話だということで、ミーナやガルベル、マーロななどのお付きの人物は部屋の外で待機するようクノリスが指示を出した。
「やあ。お揃いで」
ダットーリオは何の悪びれもなく、クノリスとリーリエを見て笑みを浮かべた。
「随分と好き勝手していただいたようだな。ダットーリオ」
「好き勝手?君の将来を想ってしたことだ。今は憎まれこそすれ、いずれ感謝するだろうよ」
「悪いが、二週間後の婚儀の儀式は、リーリエ姫とすることに変わりはない。それだけを言いに来た」
クノリスの言葉にダットーリオは「くだらない」と吐き捨てる。
「ダットーリオ。お前の過去を俺は知っていると同時に、お前も俺の過去を知っている。だからこそ、言えることは、彼女はそういう人間ではない」
「同じだね」
「彼女は違う。覚えているだろう。俺を逃がした王女と姫の話を」
ダットーリオは顔を上げて驚いたように、リーリエを見た後、大きな声をあげて笑い始めた。
「まさか!」
「そのまさかだ」
「クノリス、君のしつこい恋心には、さすがの私も負けたようだよ」
「しつこいとはなんだ、しつこいとは。そもそも、イタカリーナ王国とアダブランカ王国は同等な上に、お前に出資してもらった金は、バカ高い利子もつけて全部返しただろうが」
「いくら返金してもらったとはいえ、出資した事実には変わらないだろう」
「ああ、感謝しているね。妹を使わないと国を動かせないほど、無能なイタカリーナ王国の皇太子殿下にな」
「ずいぶんと言ってくれるじゃないか」
「お前がリーリエ姫に言った言葉に比べたら、まだ軽いものだろう」
「でも悪役の登場で、関係は進展したようじゃないか」
ああ言えばこう言うダットーリオに、クノリスは深いため息をつくのだった。
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