5


 波乱万丈なお茶会から引き揚げ、リーリエは舞踏会のために衣装替えをする。

 シフォンの段が入っている黄色のドレスは、動くだけでふわりと風になびいた。


「アクセサリーはこれにしましょう」


 ミーナがサファイアのネックレスをつけようとした時だった。

 ノックの音がして、返事をする前に扉が開けられる。


「準備はできたか?」


「あの……返事をする前に扉を開けるのをやめていただけますか?」


 呆れたように言うリーリエに「待ちきれなくてな」とクノリスは悪びれない様子で言った。


「これを」


 クノリスが片膝をついて、リーリエに一つの箱を差し出した。


「これは……」


「開けてみてくれ」


 箱を開けると、中にはルビーとエメラルド、サファイアと様々な宝石が埋め込まれているネックレスとイアリングが入っていた。


「すごい……綺麗」


「君があまりに節約してくれるものだからな。舞踏会にはこのくらいの物をつけても問題はないだろう」


 ミーナは空気を呼んで、さっとサファイアのネックレスをクローゼットの中へしまいに行ってしまったので、部屋の中にはクノリスとリーリエの二人きりになってしまった。


「婚約の儀式まで待てそうにないな」


 ネックレスをリーリエにつけながら、クノリスはリーリエに囁いた。 


「待つ約束でしょう」


「その割には、耳が真っ赤だが、意識をし始めてくれたということでいいのか?」


「意識なんかしておりません」


 クノリスの顔が近いので、リーリエは逃げようとするが、クノリスが彼女の手を引くので逃げられない。


「今夜も綺麗だ」


 クノリスが唇をリーリエに重ねようとした時「お時間です」とアンドレアが苛立った表情で声をかけた。


「アンドレア。お前は空気を読むということをしらないのか?」


「空気は吸うものですよ。ホールで皆様がお待ちです」


 アンドレアはリーリエを一瞥し、頭を下げて部屋を出て行った。


 どうもアンドレアには嫌われているようだ。


 彼もこの結婚には反対派だったのだということを、リーリエは思い出す。


「気にするな」


 リーリエの気持ちを汲み取ったように、クノリスはリーリエに自分の腕に手を絡めるよう腕を差し出した。



***



 舞踏会がスタートした。


 人々の関心は、クノリス王と新しい女王であるリーリエも勿論だが、昼間の騒ぎを起こした壁の花の公爵令嬢と、彼女に喧嘩をふっかけた騎士に向かっていた。


「すっかり、注目の的ですね」


 普段はクールなミーナが、これは面白いと笑っている。


 確かに、アダブランカ王国に来てから日の浅いリーリエでさえも、相性が水と油だという一目瞭然のカップルの行方は非常に気になるところだった。


 ワルツがはじまると、今年舞踏会デビューした女性たちの中心でメノーラとガルベルが不服そうな表情で踊っている。


「この国の人間は、反骨精神が強い人間が多いが、悪い奴らばかりではない」


 しばらく黙って二人のダンスを見ていたクノリスが、神妙な面持ちでリーリエの方を見た。


「分かっています。みんないい方ばかりです」


 リーリエが真っ直ぐクノリスの方を見て答えると、英雄王は嬉しそうにほほ笑んだ。


 その微笑みがあまりにも柔らかく笑うものだから、リーリエは思わず胸をときめかせてしまう。


「主役が奴らだけでは面白くないな。姫君。俺と踊ってくれないか?」


 答える間もなく手を引かれ、フロアに出ると、踊っていた者たちがスペースを開けてくれる。


「思ったよりはダンスが上手いんだな」


「一緒に踊っている方のフォローが上手だからかもしれませんね」


「それはそれは。フォローしがいがあるな」


 機嫌がいいクノリスに、リーリエは思い切ってずっと思っていたことをぶつけてみる。


「私を女王にすることに後悔はありませんか?」


 ダンスを踊っている最中なら、クノリスは逃げない。 


「後悔はない。後悔もさせないつもりだ。だが、今後は君を選んだ理由は聞くな」


 クノリスが真剣な声色で答えた。


「それは、私が後悔するからですか?」


「そうだ」


「後悔しないかもしれないです」


「いや、君は後悔するだろう」


「後悔させないのではないのですか?どうして勝手に私の気持ちを決めるのです」


「勝手に決めているのではない。そうなるのが分かっているからだ」


「……」


「君は甘いムードにしようとしても、あえてそれを阻止しようとする癖があるな」


 グッと腰を引き寄せられる。


 広い胸板に押し付けられて、クノリスの鼓動が聞こえた。

 周りからは仲睦まじい二人にしか見えないだろう。


「あなたはずるいわ」


「ずるくて結構。君が手に入るなら」


「……」


 黙り込むリーリエを、クノリスは機嫌を取るような真似はしなかった。

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