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 会場中の視線がリーリエ達に集まる。


 騒ぎを聞きつけたエリザベードが、慌てたようにやって来た。

 自分の娘が眉を潜め、一人の騎士を睨みつけていることで状況は把握したようだ。


「メノーラ。いらっしゃい」


「でも、お母様」


「いいから!これ以上恥の上塗りをしないでちょうだい。リーリエ様ご無礼をお許しください」


「いえ、私は大丈夫です」


 こうなってしまったのも、リーリエがメノーラを連れ出してしまったからであり、そのことに対して一抹の責任を感じていた。


「リーリエ様のせいではありませんよ」


 表情を見て察したのか、ミーナがフォローするように言った。


「私の方こそ、大きな声を出してしまいまして申し訳ありません。ですが、ガルベルをあまり責めないでやってください」


 ミーナが言っていることが、分からずガルベルの方を見ると、思い切りマーロに叱られているガルベルが見えた。


 悔しそうな表情を浮かべているが、マーロの説教は容赦なく彼の仕事や立場をわきまえろという内容だった。


「もうそのくらいにしていただいて大丈夫です」


 リーリエが止めにはいるとマーロは「この度は大変申し訳ありません。リーリエ様に恥をかかせてしまいました」と頭を下げた。


「いいえ。私は大丈夫です。むしろ、どうしてあのような態度をガルベルが取ったのかを知りたいです」


 ガルベルは不貞腐れているのか、悔しいのか視線を地面に向けて黙っている。


 マーロが深いため息をついた。


「奴は、移民出身なんです。今でこそ、私が義理の親として後継人をしておりますから、騎士団の中で働けておりますが、昔は移民なんてものはひどい扱いでしたからね。奴は、誰よりも人一倍コンプレックスがあるんですよ」


 アダブランカ王国は内乱の多い国だった。

 内乱に乗じて、他国から追われたたくさんの移民という名の多くの奴隷達が入って来たと先日メノーラに教わったばかりだ。


 中には奴隷ではなかった者もいるそうだが。



***



 メノーラ、ガルベルいがみ合い事件から数時間経って、男達がお茶会のところへと戻ってきたところで、お茶会は終了となった。


 ここから各自、与えられた部屋へと向かい、晩餐と舞踏会に向けて衣装をチェンジするのだ。


 主催のエリザベードは娘の失態に頭を抱えている様子で、他の貴族達もリーリエの周りで起こった事件についてヒソヒソと噂話をしている。


 会場の雰囲気がよくないことに、クノリスは気が付き「何があった?」とミーナに尋ねていた。

 ミーナが事の顛末を説明すると、クノリスはガルベルを叱ると思いきや、思い切り笑い飛ばしていた。


「お前は本当相変わらずだな。これではイーデラフト公爵夫人も顔が立たないだろう」


 現場にいなかったから笑えるのだとリーリエは思ったが、クノリスは「リーリエ姫。君も一緒に来い。ガルベルもだ」と二人を連れてエリザベードとメノーラがいるところへと足を運んだ。


 エリザベードにこってり絞られたらしいメノーラは、納得がいかないような表情を浮かべながらひどい表情で俯いていた。


「クノリス様、リーリエ様。この度は大変申し訳ございませんでした。私の愚娘が……」


「私の方こそ私の仲間がとんだ失礼を」


「とんでもございません。私たちの教育がなっていないせいで、リーリエ様のお茶会に泥を塗ってしまいました」


「私は、全然気にしておりません。大丈夫ですよ」


 リーリエは気にしてないという言葉を何度もかけるが、エリザベードは額面通りの言葉を受け取っていないようで、何度も頭を下げた。


「イーデラフト公爵夫人。今夜の舞踏会の中心でメノーラ嬢をワルツの中心に置くということで手を打たないだろうか?そうだな。相手は、こちらのガルベルと共に」


 その場にいた全員が驚いたような表情でクノリスの顔を見た。


 ワルツの中心に置かれる娘は、今一番注目されている娘であることに間違いないが、あまりにも意味が違い過ぎる。


 それに、クノリスはメノーラがそういったことが苦手だということを知っているはずだ。


「お心遣い、心より感謝いたします」


 エリザベードはクノリスの意図を汲み取ったようで、急遽決まった晴れ舞台に心より感謝しているようだった。


 相手が身分の低い騎士だろうが、社交界にデビューしてからずっと壁の花であった娘が中心となることは、有難い以外の何物でもない。


 それに、今のメノーラには次期女王のためのお茶会を台無しにしたということから、拒否権はないのだ。


「ということだ。ガルベル。自分の失態は自分で取り戻すように。まずはメノーラ嬢をダンスに誘うところから初めてみてはどうだ?」


 意地悪そうな表情を浮かべるクノリスに「承知しましたよ」とガルベルは不服そうな表情で頭を下げた。

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