3
クノリスが隣からいなくなると、急に心もとなくなった。
知り合いが少ない中で、大勢の中で知り合いが少ないというのはなんとも寂しいものだ。
「リーリエ様。こちらをどうぞ」
エリザベードとメノーラ、彼女の家の侍女達が、大量のお菓子と紅茶を持ってリーリエのところへやって来たので、少しばかりホっとした。
「ありがとうございます」
リーリエが御礼を述べると、待ち構えていましたと言わんばかりに、たくさんの貴族の女性がリーリエに向かって
「ご一緒させていただけませんか?」とやってきたので、リーリエは一人になることはなくなった。
アダブランカ王国はグランドール王国よりも身分の差をあまり意識しないようだ。
グランドール王国では、上の人間が声をかけるまでは、絶対に下の人間が声をかけるようなことはなかった。
貴族の女性たちの話は、今回のお茶会と舞踏会で誰と誰が、恋愛関係に発展するかであった。
男たちが狩猟から戻って来た後、開催される舞踏会で誰が誰に選ばれるかというのは、非常に重要なことらしい。
「こらこら。あまりはしたないお話はおやめなさい」と言っているエリザベードですら、自分の娘の婚姻について気になっている様子である。
一番興味がなさそうだったのは、当の婚活者であるメノーラであった。
彼女の普段の勢いはなりを潜め、まるで座っている椅子と一体化したようだ。
リーリエは、こっそり隣に座っているメノーラに声をかける。
「大丈夫?」
「……はっ!リーリエ様」
「なんか、すっごくつまらなそうですね」
普段の授業をしている様子とは、全く違うメノーラ。
授業の時は、ミーナが声をかけないと昼食の時間すら忘れてしまうほどである。
「いえ、つまらなくなんかありません。ただ、淑女としてのふるまいを……!」
メノーラは近くに座っている母親のことが気になる様子だった。
「もし、よかったら少し散歩でもしませんか?」
「へ?」
「少し息抜きしません?」
正直に言って、リーリエも今夜の舞踏会に誰が誰を選ぶというゴシップには、あまり興味がなかった。
***
エリザベードの許可をもらって、リーリエはメノーラに庭の案内という名目で茶会の席から逃げ出した。
後ろには、ミーナとマーロとガルベルが、しっかりと護衛をしている。
貴族のお嬢様方はリーリエがいなくなったことで、存分に自分たちの今夜の作戦会議に移行できたようだ。
エリザベードは、他の公爵夫人と話が盛り上がっている。
「リーリエ様。一生の御恩でございます。お茶会という一時だけでも、私をあの地獄から救ってくださいましたこ
と、私は一生感謝いたしますわ。今夜の舞踏会は壁の花になろうと思っておりましたところでしたけれど、お茶会だけはどうしてもあのピーチクパーチクと男との色事だけに集中した話からは毎回逃れることが出来ませんでしたので」
人の目がなくなった瞬間、メノーラは普段の様子に戻った。
「あ、メノーラ様ですね」
ミーナが小さく呟いたので、リーリエは思わず吹き出した。
結局いつもと代わり映えのないメンバーになってしまったが、リーリエは落ち着いて過ごせそうだった。
「でもどうして、メノーラはああいった話が苦手なの?」
自分の頭に引っかかりそうな白いバラの花を鬱陶しそうに避けるメノーラは、リーリエの質問に眉を潜めて答えた。
「まず、私殿方とどうこうとなるよりも、自分の仕事に集中する方が楽しいんですの。貴族の男性なんかは特に、女は仕事に集中するよりも家の中のことをやっとけと言わんばかりの態度でしょう?私は、このまま教師の仕事を続けてゆくゆくは、アダブランカ王国に学校を作りたいと思っておりますの。それも貴族や平民なんか関係なく、学力だけで競い合えるような。今のアダブランカ王国は、奴隷制度が廃止されただけで、勉強をさせてもらえない平民の子供はたくさんいると聞きましたわ。だからこそ、こういった勉学での差別をなくしていきたいと考えておりますの」
先ほどまで口を一文字に結んでいた人間だとは思えないほど、メノーラは、流暢に話をしている。
「それはすごい夢ですね」
「でしょう?いつ叶えられるかわかりませんけれど、私の一生かけての夢なんです。だから、こんなお茶会……あ、リーリエ様は悪くありませんわよ。お茶会や舞踏会に参加するよりも、家で資金の準備を考えたりする方が楽しいんですの」
「でも、それだったら尚更貴族の男性捕まえた方が早いんじゃねえの?」
傍で聞いていたガルベルが我慢できなくなったようで、口を挟む。
マーロが「こら!ガルベル!」と注意をしたが、メノーラはスイッチが入ってしまったようだ。
「いいえ、男性に頼らなくてもというところが重要なんですわ。私が私のために私の夢を叶えると同時に、未来を背負う子供たちが平等にというところが重要なんですの。今誰かに頼ってしまいましたら、結局、貴族だけの学校になって終わってしまいますわ」
「なるほどね。そうやってあんたは、自分の責任から逃げて平民に理想を押し付けて生きていくわけだ」
「ガルベル。身分をわきまえろ」
「いいえ、かまいません事よ。売られた喧嘩はしっかり買わせていただきます。身分なんかで私は威圧するつもりはありませんから。言いたいことははっきりおっしゃればよろしいのではありませんか?」
まさに相性が水と油のようだ。
マーロがガルベルを抑え、ミーナがメノーラを抑える。
「周りの人間を馬鹿にしている女が、平民と貴族が平等だって言っていることに俺は虫唾が走ったね。都合のいい人間には平等だなんて、圧政してきた王と考えは一緒じゃねえか」
「なんですって!」
「いい加減にしなさい!」
ミーナが二人に対して怒鳴った。
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