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城に到着するなり、ガルベルは馬車の運転手にリーリエを任せると、援軍を連れて城の外へと戻って行ってしまった。
リーリエの帰りを知らされた城の侍女たちが慌てて、馬車のところへ駆けつける。
主人の帰宅の知らせを聞いたミーナが、息を切らして「随分早かったですね」と驚いた表情を浮かべていた。
リーリエは、騒ぎ立ててはいけないと思い、リーリエは「何があったのですか?」と不安気な表情を浮かべる侍女たちに向かって微笑んだ。
「少し問題があったようですが、大丈夫です。それよりも城の中へ入れてください」
「しょ……承知しました」
不安げな表情を浮かべている侍女たちは、リーリエの毅然とした態度に驚いたようだった。
「ミーナ。疲れたわ。部屋で休む準備をしてもらえる」
「承知しました」
ミーナだけが、いつもと変わらない様子でリーリエに頭を下げた。
部屋に戻り、ミーナと二人きりになった時に初めて、ミーナが「問題があったのですか?」と静かに尋ねた。
リーリエは、城の外であったことを説明した。
「なるほど……前王政派の人間達が」
ミーナはリーリエの話を聞いて納得しているようだった。
「ミーナ。前王政派の人間は、一体何が気に食わないの?クノリス王が王になってアダブランカ王国は平和になったんでしょう?」
リーリエの質問に、ミーナは首を横に振った。
「全員が、平和になったというわけではございません。奴隷制度を撤廃したことで、仕事を失った人間もいるのです」
「仕事を失った人もいるのね……」
「その多くが、人間達を奴隷として商売していた人物たちですから、仕方がないと思いますがね」
グランドール王国でも、幾人もの奴隷商人をリーリエは観たことがあるし、奴隷もたくさん見てきた。
奴隷制度を失くしたことで、あの商人達の生活は成り立たなくなるのだと、急に身近な問題としてリーリエは感じた。
昔、リーリエの母親であるサーシャが実現したかった世界がアダブランカ王国では実際に起きているのだ。
「すごいですね……アダブランカ王国は」
「すごいのは、この国ではなくリーリエ様の夫となるクノリス様です。本日は怖い思いをされましたね。湯あみの準備を整えておきましたので、その汚れたお召し物もお取り換えいたしましょう」
その日は、夜遅くになってもクノリスは戻ってこなかった。
突然飛んできた弓矢が、万が一自分の身体に突き刺さっていたらと思うと、今更ながらリーリエはぞっとした。
「私にできることって……なんだろう」
ずっと継母のモルガナの目を気にして生きてきた。
母とは同じにならないように。
奴隷達の存在を解放しようとすれば、自分がひどい目にあう。
私は、母とは違う。
命が惜しいし、自分が一番可愛い。
リーリエは、人を虐げて生きてきた人間達を心の中のどこかで軽蔑しながらも、いつの間にか虐げられている人間に対して、見て見ぬふりをしていた。
結局リーリエ自身も奴隷を虐げてきた王族のうちの一人なのだ。
母であるサーシャの人を慈しむ力のある血が流れる反面、人を人とも思わない残虐な王の血も半分流れている。
母のサーシャが、奴隷を解放しようなどという行動をしなければ、きっとリーリエは何の疑問も持たないまま、奴隷は奴隷だと思っていただろう。
「せっかく結婚するんだ。政略結婚でも、恋愛感情は抱いてもらいたいじゃないか」
クノリスの言葉が脳裏に浮かんだ。
奴隷を解放したクノリス。
前王の圧政と正面から戦って、勝利を勝ち取ったクノリス。
アダブランカの英雄王。
汚れた家を見て、彼が相当な苦労をしてアダブランカ王国のトップに立ったのだと思い知らされた。
彼の本心を何度も疑い覗こうとしながら、結局リーリエ自身が彼に本心をさらけ出せていない。
もし、アダブランカ王国が窮地に立たされたら、リーリエは喜んで他国へと向かうだろう。
リーリエは、絶対に人のために立ち上がったりはしない。
いや、できない。
あたたかい毛布の中で丸くなる。
こんな状況で、本当に女王になどなれるのだろうか。
何度も同じことをぐるぐると考えながら、どれくらいの時間が経っただろうか。
突然風呂場の方から物音がした。
クノリスが帰ってきたのだと、リーリエは布団から飛び起きた。
同時に、安堵のため息がこぼれる。
「無事だったんだ……」
自分でその言葉を吐き出した瞬間、リーリエは、クノリスのことを心底心配していたのだと気づいた。
声をかけようか迷ったが、真夜中の湯あみの時間は絶対に近寄ってはいけないというクノリスとの約束を思い出したので、明日にすることに決めた。
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