第12話 笑顔の意味01
ヴィネアの音楽祭が終わって数日がたった。あれだけ華やかだった街は平穏な日常へと戻り、観光客であふれかえっていた砂浜もひっそりとしている。
白く輝く砂浜にはアリオ、セーレ、そしてレイラの姿があった。レイラは青い水着に着替え、音楽祭で日焼けした腕を空へと伸ばしている。
──あっついな……。
指の隙間から強い陽射しが
「アリオお嬢さま、海流を操る魔法ですよ……えい♪」
「……」
水色のハーフパンツを穿いたセーレが海水をすくってアリオへかける。セーレは少年に似つかわしくないほど引き締まった身体つきをしており、すくい上げた海水の量も予想外に多い。アリオは大量の海水を頭から被ってしまった。
「……セーレ?」
アリオはずぶ濡れになった栗色の髪をかき上げながらセーレを睨みつける。しなやかな白い肌と赤い水着も、海水を浴びてキラキラと陽に輝いていた。セーレは笑窪をつくり、いたずらっぽく微笑みかける。
「ごめんなさい、アリオお嬢さま。久しぶりに遊んでいただけるので、少し張り切ってしまいました♪」
「少し? 調子に乗って海を沸騰させないでよ」
「はい。もちろんです♪」
「……」
アリオは小さくため息をついた。セーレは強大な力を持つ無邪気な悪魔で、手加減という言葉を知らない。油断すると海を沸騰させるどころか、干上がらせてしまいそうだった。
──セーレは自分が悪魔だってことを忘れているのではないのかしら?
そんなことを思いながらアリオはレイラの方を向く。レイラは膝を抱えて砂浜に座っていた。
「レイラ!! あなたは泳がないのですか!?」
「うん。まあね……」
アリオが呼びかけるとレイラは小さく返事して俯いた。レイラにとって海は父が亡くなった場所。見ているとどうしても辛い過去を思い出してしまう。
「レイラ?」
気づくとアリオが目の前まで来ていた。アリオはレイラの隣へ座り、同じように膝を抱えた。
「海へ連れてきてくれてありがとう。久しく海を見ていなかったから、セーレもはしゃいでいるわ」
「喜んでくれるとわたしも嬉しいよ。アリオとセーレがいると賑やかで楽しいから」
「そう言ってくださると光栄だわ。でも……」
アリオはレイラの顔をジィッと覗きこんだ。
「何か、わたしに話したいことがあるんじゃなくて?」
「え……?」
レイラは思わず顔を上げた。質問の意図を理解できずに戸惑っていると、アリオが頬を赤くする。
「な、なんとなくそんな気がしたのよ。レイラが暗い顔をしているから……」
アリオはどこか気まずそうに目を伏せた。もともと、アリオは他人に興味を抱かないように生きている。レイラは例外である分、接し方がわからなかった。
──わたしは余計なことを言ってしまったのかしら……。
アリオが立ち入った質問を後悔しているとレイラは眉根を寄せて困り顔になる。レイラもレイラで、どこか気恥ずかしい思いに駆られていた。
──アリオはわたしを心配してくれているんだ……。
友人に気遣われる……それはレイラにとって初めてのことだった。どう答えたらよいのかわからず、とりあえず口の端をそっと上げる。
「暗い? わたしの顔が? それって、ちょっと失礼じゃない?」
「……」
レイラがわざとらしく膨れてみせるとアリオはキョトンとした顔つきになる。レイラは立ち上がると小麦色の肌についた砂をほろった。
「わたしは暗くなんてないよ。だって、二人がいるから!!」
レイラは精一杯に明るい笑顔をつくってみせる。そして、アリオの手を握り、立ち上がらせた。
「アリオ、泳ごう!!」
「え、ええ……」
レイラはアリオの手を引いてセーレの待つ海へと向かう。
──きっといつか……アリオには昔のことを話そう。その時にはもっと仲良くなれてるといいな……。
指先から伝わってくるアリオの体温を感じながら、レイラはそんなことを考えた。父の死も、自分がギャングであることも、『いつか言おう』と思いこんで心の奥底へとしまいこむ。
誰かに愛されたいと願うとき、人はとても臆病になる。まさしく、この時のレイラがそうだった。レイラはせっかくできた友人に嫌われることが怖かった。
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