第10話 レイラの過去05

──もう、貧民街まちのみんなは安全だ。


 そう考えると全ての景色が変わって見えた。何もかもが鮮やかに色づき、見慣れた海岸がいつもより眩しく感じる……レイラはそんな感想を抱きながら家路を歩いた。しかし……。


「何をやっていたんだ!! 家に帰らないでどこに行ってた!!」


 レイラが帰宅すると父は烈火のごとく怒った。


「お前を心配して……わ、わたしは……こ、この!!」


 パンッ!!


 興奮した父は言葉もままならない。代わりにレイラの頬を思いきりぱたいた。レイラはそんな父を初めて見た。ぶたれた衝撃に目を大きく見開き、顔を父へ向けることができない。


「この!! この!! この!!」


 父には顔を背けるレイラの態度が反抗的に映った。感情に身を任せて何度もレイラに手を上げる。


──父さんに心配をかけたわたしが悪い……。


 レイラはただ黙ってされるがままだった。やがて、父は手を下ろしてレイラを抱きしめた。今度は顔を皺くちゃにして目には涙を浮かべる。

 

「レイラ、お前はわたしの命なんだ。もしお前に何かあったら、わたしは生きていけない。ふらふらと出歩くなんてやめてくれ」


 父はレイラの金髪を愛おしそうに撫でながら瞳を覗きこんでくる。


「お前も母さんのようにわたしを捨てるのか? 違うだろう?」

「……そんなこと、あるわけがないでしょ……」


 懇願する父を見て、レイラは心の奥底が急に冷えこんでいくのを感じた。父の不安定な感情はきっと生来のもので、母も自分と同じように心の底から嫌悪したのだろう。


「わたしは父さんのそばから離れないよ」

「そ、そうか……そうだよな。お前はわたしを捨てたりしないよな」

「心配をかけてごめんなさい」

「わたしも、お前をぶって悪かった……」


 父はレイラの侮蔑の眼差しになんて気づかない。安心したように頷くと、再びレイラの頭を撫でた。



×  ×  ×



 翌日からレイラの生活は変わった。


 表向きはネオ・カサブランに顔を出し、DJとして活動する。そして、時には『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部として敵対勢力と戦う……そんな生活が続いた。レイラが活躍すればするほど貧民街は平和になり、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』は大きくなった。


 父といえば呑気のんきなもので、高級ナイトクラブのDJになったレイラを周囲に自慢し、治安の良くなった貧民街に喜んでいた。


 当然ながら父に『ギャングになった』なんてレイラは言えなかった。それでも、喜ぶ父を見るのはそれなりに嬉しく、満足していた。


 そんなある日……それは、レイラが久しぶりの休日を父と一緒に過ごしていた時のことだった。珍しく家の戸が叩かれて手紙が届けられた。手紙は王都に住む父の旧友からのもので、そこにはこう書かれていた。



『産後の肥立ひだちが悪く、元奥方が亡くなられました』

 


 手紙を読む父の手は震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る