第10話 レイラの過去04

 少し焦げついたトーストとベーコンエッグ。それに、ゆらゆらと湯気のたつコーヒー。ささやかな朝食がサイドテーブルに用意された。


──にっが……。


 レイラは苦くて熱すぎるコーヒーに苦笑した。考えてみれば、落ち着いた食事すら久しぶりだった。


──朝帰りになっちゃったな……お父さんになんて言われるか……。


 食事を終えると、そんなことを考える余裕も出てくる。死線を彷徨さまよったのが遠い過去の出来事のように思えた。


──ギャングになったなんて、とても言えない。


 なんとなくニコラの部屋を見回していると、突然部屋の扉が勢いよく開いた。そして、すぐにドタバタと数人の男たちが入ってくる。彼らはダヴィデ、ゼブ、クラッチ兄弟だった。


──えっ!? 何!!??


 レイラは椅子から立ち上がって後ずさる。すると、ダヴィデたちは戸惑うレイラを取り囲んで喚きちらした。


『アラ!? 新しい仲間って小娘なのぉ!? もう、超ビューティフルじゃない!! 妬けちゃう!!』

『へへへ。真っ白な肌が輝いてらぁ……』

『ネ、ネ、ネ。少しだけ触ってもいいかな?』

『こら!! ピケ、やめろ!!』


──な、なんなの……。


 レイラは肩をすくめてちぢこまるばかりだった。すると、少し遅れてニコラが部屋へと入ってくる。


『みんな、やめなよ。レイラが困ってるだろ』


 ニコラは苦笑いを浮かべながらレイラの隣へとやってくる。そして、レイラの後ろへ回ると、両肩にそっと手を置いた。


『レイラを狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタインの幹部として迎える。そして、貧民街がレイラの縄張りシマだ』

『『『縄張りシマ持ちの幹部!!??』』』


 ダヴィデたちは声をそろえて顔を見合わせる。ニコラはそんなダヴィデたちを見回した。


『ああ。王都のギャング相手にたった一人で戦うなんて……幹部として申し分ない。 みんな、レイラは僕たちの家族ファミリーになったんだ。嬉しいだろ?』

『『『……』』』


 ニコラの笑顔を前にしては、誰も何も言えない。やがて、ニコラは満足そうに頷きながらレイラの耳元へ顔を寄せた。


『レイラ、狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタインへようこそ。今日から僕たちが君の家族。困りごとがあったらいつでも相談するといい』

『……』


 幼いながらも、レイラには自分の立場がよく理解できた。ニコラは『組織に守ってもらうかわりに、お前も組織へ忠誠を尽くせ』と言っている。状況を考えれば、今さら断ることなんてできなかった。


『命を救ってもらった時、わたしは家族ファミリーとなりました。あの時の言葉にうそいつわりはありません』


 レイラはゆっくり振り返るとニコラの顔を真っすぐに見つめた。とたんに、ニコラの頬に赤みがさし、恋に落ちた青年のようにドギマギする。


『う、うん。そうだったね……あ、そうだ!!』


 ニコラは慌てて話題を変えた。


『ここは僕たちの本拠地で、ネオ・カサブランというクラブなんだ。レイラ、もし音楽が好きなら……ここの機材を好きに使ってくれてかまわないよ』

『え!?』


 ネオ・カサブランはレイラも知っている。音楽の街ヴィネアで1、2を争う高級ナイトクラブの名前だった。


『君は、死が目前に迫っているというのに歌っていた……僕はそんな君の歌に惹かれたんだ』

『……』


 レイラはどう答えてよいかわからなかった。戸惑っているとニコラが照れ隠しでもするかのようにひたいへ手をあてて視線をそらす。


『君さえよければ……中を案内しようか?』

『……はい。お願いします』


 レイラが素直に頷くとニコラの顔も明るくなった。すると、すぐにダヴィデの冷やかすような大声が飛んでくる。


『ニコラにエスコートしてもらえるなんて超ビップ!! やっぱり妬けちゃうぅぅぅ!!!!』

『ダヴィデ、そんな言い方しないでよ。僕はネオ・カサブランを案内するだけなんだから……』

 

 ニコラが困り顔で笑うとゼブやクラッチ兄弟も一緒になって笑う。いつの間にか、レイラも一緒になって微笑んでいた。ニコラはため息をつきながらレイラの手を握った。


『行こう、レイラ』

『は、はい!!』


 ニコラはレイラの手を引いて部屋を出た。そして、振り向きながら嬉しそうにレイラの瞳を覗きこむ。


『君が歌を愛するなら……僕は君をどこまでも応援するよ』

『……ありがとうございます』


 ニコラの真意がどこにあるのかはわからない。それでも、ニコラのはにかむ顔を見ていると心の奥底が温かくなる。レイラは指先から伝わってくる体温を感じて強く握り返した。 

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