第9話 予兆01
音楽祭の二日目。日が傾いたころ、レイラの出番はようやく終わりを告げた。フロアの観客たちは未だ熱狂の中にいる。レイラは観客へ向かって手を振り、笑顔でステージをあとにした。
レイラはぼんやりと海沿いの
──こんなこと、永くは続かない。いつかは破滅が待ってる。わたしも、ニコラも……。
ニコラは
『君を音楽界どころか、社交界の寵児にする』
そう言った時のニコラは、思わず見とれてしまうほど嬉しそうに目を輝かせていた。その少年のような眼差しを見ると、レイラは何もかもを
──わたしはニコラを……。
もの思いに沈もうとしていたレイラは、ふと足を止めた。視線の先、防波堤のコンクリートの上に人が立っている。
──……?
人影はレイラよりも小柄な女で、真紅の宮廷ドレスを着ていた。明るい栗色の髪を潮風に揺らし、陽の翳る海を見つめている。海の彼方に沈みつつある太陽の光は女の髪を神々しいばかりに煌めかせていた。
──……綺麗な人だな。
レイラは思わず嘆息した。女はまるで宮廷絵画の中から出てきたように優雅で、全身から気品を漂わせている。上流階級の貴族であろうことは一目瞭然だった。
「ねえ、何をしているの? この辺で夜を迎えたら危ないよ」
何かに突き動かされるように、レイラは自然と声をかけていた。衝動にかられて声をかけるなんて、自分でも驚くような行為だった。
「え……」
女が振り向くと、夕陽と同じ
「このあたりは貧民街で、夜になると治安が悪くなるんだ。女の子が一人だけでいると危ないよ」
「……あなただって一人でいるじゃない」
女はレイラを見上げながら不思議そうに整った眉を寄せる。その愛らしい表情と明るい声色にレイラは思わず苦笑した。
「そっか、そうだよね」
「……でも、心配してくださって嬉しいですわ。感謝いたします」
女は柔らかな笑みを浮かべて軽く一礼する。その品位を保つ仕草を見て、レイラは慌てて名前を名乗った。
「急に声をかけてゴメン。わたしはレイラ……レイラ・モーガンっていうんだ」
ギャングは簡単に本名を明かさない。当たり前の不文律を、いつのまにかレイラは簡単に破っていた。
「……」
女は少しの間、沈黙したままレイラを見つめていたが、やがて口の端が小さく動いた。
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