第8話 輪転02

 レイラは海辺にあるイベント会場へと送り届けられた。裏口から楽屋へ入るとすぐに仲間のDJたちが声をかけてくる。


「レイラさん、お疲れ様です。……顔が真っ青ですけど、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」

「……わかりました。みんな、レイラさんを待ってますよ!!」

「オッケー!!」


 仲間たちとハイタッチを交わしてステージへ登り、何食わぬ顔でターンテーブルを回し、鍵盤に指を走らせる。客も、仲間も……誰もレイラが先ほど殺人を犯してきたとは思っていない。


 血塗られた手で奏でる音楽は美しいのか? 絶望をもたらす人間が希望を歌ったところで心に響くのか? レイラの葛藤をよそに人々は熱狂して手を叩き、足踏みをする。


 こんな時、レイラは音楽と戦闘の才能を与えた神を深く呪った。神は気まぐれに二物を与え、希望と絶望の狭間で苦悩させる。



「みんなー!! 楽しんでる!!??」



 ターニャとの戦闘がまるで無かったかのように笑顔を振りまき、マイクを通して明るく呼びかける。レイラはそんな自分が狂気じみて思えた。



×  ×  ×



 レイラが歓声に包まれた頃、ダヴィデは『ネオ・カサブラン』へと戻ってきた。すべてが上手くいっての凱旋だ。得意げになって車を降りる。


──ニコラはどんな顔で喜んでくれるかしら?


 足取りも軽くなり、意気揚々と『ネオ・カサブラン』へ入るが、迎える部下たちの顔色は悪かった。誰もが深刻な顔つきで俯いている。


「アラ? みんなどうしたの? 暗い顔して……仕事ならキッチリかましてきたわよ……」


 肩をすくませるダヴィデに部下の一人が近づいた。


「ダヴィデさん……クラッチ兄弟がやられました」

「え!?」


 部下が耳打ちするとダヴィデは太い眉を上げる。


「ピケ・クラッチはずみにされて。ピトーは……」

「ピトーは? いいから、あのクズがどうなったか教えなさい」

「内臓を焼かれた死体が……フロアのステージに捨ててありました。死体はすでに処理して、をニコラさんに渡してあります」

「……」


 ダヴィデは少しだけ沈黙していたが、やがて鋭い目つきで部下を睨んだ。


「……ニコラは? 無事なの?」

「は、はい。VIPルームでダヴィデさんをお待ちです」

「わかったわ」


 ダヴィデは足早にVIPルームへと向かった。



×  ×  ×



 VIPルームはいつもより暗く、空気もどこか重苦しい。ニコラはいつものようにソファーへ腰かけているが、テーブルには古めかしい映写機が置かれていた。


「ただいま、ニコラ♪」


 ダヴィデはあえて明るく振る舞った。すると、ニコラが顔を上げて微笑む。


「お帰り、ダヴィデ。お疲れ様」

「ねえ、市役所はいいの? 音楽祭で忙しいんでしょ?」

「いいんだよ。だって、家族ファミリーが殺されたんだから……」


 ニコラが切り出すと、ダヴィデもソファーに腰かけて二人分のウイスキーをグラスへ注ぐ。


「カルナン連合かビッグシックスの仕業かしら?」


 グラスを渡しながら尋ねるとニコラは静かに首を振った。


「違う。多分、返り討ちにあったんだ」

「返り討ち? あのクラッチ兄弟が?」


 ダヴィデが驚くのも無理はない。クラッチ兄弟の襲撃相手は幼い貴族令嬢と男娼なのだ。しかし、ニコラはこの結果を予想していたかのように冷静な口調で続ける。


「僕と同じ『髑髏の魔導武装』を持ってるなら、クラッチ兄弟じゃ相手にならないよ」

「……」


 ダヴィデは何とも言えない気持ちになった。クラッチ兄弟は相手の実力を測るために使われた。ニコラはクラッチ兄弟を家族ファミリーと呼ぶが、つまりは捨て駒だ。


──気に入らない奴らだったけど、こうなったら哀れね……。


 ダヴィデがもの思いに沈むと、その心中を察してニコラが困り顔になる。


「僕を見損なったかい?」

「そんなことないわ。ただ、あの兄弟がやられたとなると、こっちも用心しなきゃでしょ?」


 クラッチ兄弟が殺されただけではない。ピトーの死体は『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の本拠地である『ネオ・カサブラン』にまで持ちこまれたのだ。これはもう宣戦布告と変わらない。


「確かにね。用心するに越したことはない。まずは敵を知らなきゃ……」


 ニコラはスーツの内側から小さなガラス瓶を取り出した。ガラス瓶の中では青い液体に浸された眼球がユラユラと揺れている。ダヴィデは眼球がピトーのものであるとすぐに理解した。


「ダヴィデ、これを使うのは久しぶりだね……」


 ニコラは箱型になった映写機の後部を開けると、そこに眼球の入ったガラス瓶をセットする。この映写機は大陸東方の科学者が開発した『死者の記憶マルト・メモリア』と呼ばれる魔導武装で、死者が生前に見た光景を少しだけ映し出すことができる。


 カタカタカタ。


 ニコラが起動スイッチを押すと輪転機が乾いた音を立てて回り始める。薄暗いVIPルームが仄かに明るくなった。


 やがて……。


 壁にかけられたガラス盤に映像が映し出される。そこには真紅のドレスをまとったアリオが映っていた。



「『世界時計エディンの欠片』を持つ者よ。雷雨の夜の来訪者よ。わたしは今から貴方あなたに会いに行く。貴方もわたしを探し出せ」



 ガラス盤の中でアリオが告げると輪転機の回転が止まり、映像が途切れる。すると、普段は微笑みを絶やさないニコラが忌々いまいましそうに眉をひそめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る