第6話 戦場を知る者05

「あなたは弱い者を襲い、強い者からは逃げる。人は卑劣だと言うかもしれないけれど、それなりに正しい生き方よ」

「……え?」

……ね」


 アリオはピトーの目の前に立ち、淡々と語りかける。ピトーは相変わらず動けなかった。


「でも、理不尽に人を襲うなら、理不尽に命を奪われる覚悟もしておいででしょう?」


 冷たい声とともにアリオの手がピトーの眼前がんぜんへとかざされる。次の瞬間、ピトーは身体の内側に違和感を覚えた。そして、その違和感はすぐに激烈な痛みへと変わる。


「が、が……」


 ピトーは胸や喉を掻きむしった。トレンチコートを脱ぎ捨てて転げまわる。やがて、その口や鼻からは煙が出始めた。アリオはピトーの内臓へと向かって火炎で呪縛する魔法を放っていた。


「あなたには言伝ことづてを頼みたいの。だから、は燃やさないわ」

「ぐ、ぶ……」


 悲鳴すら許されない。ピトーは顔を真っ赤に膨らませ、目を血走らせてアリオを見上げた。すると、アリオが少し身をかがめてピトーの瞳を覗きこむ。



「『世界時計エディンの欠片』を持つ者よ。雷雨の夜の来訪者よ。わたしは今から貴方あなたに会いに行く。貴方もわたしを探し出せ」



 薄い桜色の唇で囁かれた言葉は、静かだが凛として響く。口ぶりもピトーではなく他の誰かへ向けたもののようだった。


「さようなら」

「……」


 ピトーは苦悶で顔を歪め、口から煙を吐き出しながらアリオへと手を伸ばす。しかし、その手は虚空をつかみ、力なく落下する。ピトーはアリオの榛色はしばみいろの瞳を見つめながら息絶えた。


 パチパチパチ。


 全てが終わるとアリオの頭上から拍手が聞こえてくる。見上げるとセーレが大喜びで手を叩いていた。


「さっすが~!! 内臓を燃やすなんて、悪魔も顔を背けるよ♪」

「笑って見てるじゃない……」

「久しぶりに珍しい魔法をみたからね、嬉しくてつい。……でも、どうするの? 音楽祭を汚したくないんでしょ? 血が出てないからいいの?」 


 セーレはピトーの死体を眺めながらニヤニヤと意味深に笑う。アリオはため息をついて日傘を肩にかけた。


「セーレ、お願い」

「え? ボクは嫌だよ。悪魔は契約社会なんだから、タダ働きは嫌」

「今度、またシフォンケーキをご馳走するわ」

「……」


 アリオが語りかけてもセーレはツンとした態度でそっぽを向く。アリオは仕方なく条件を追加した。


「わかったわ。チーズケーキにシナモンクッキーもご馳走する」


 大好物が二つも追加されると、セーレは思わず鍵状の尻尾をピョコッと覗かせる。


「じゃあ、契約成立だね♪ ボクが『ネオ・カサブラン』まで運んであげる♪」

「本当に、調子がいいんだから……」

「アリオ、約束は守ってよ♪」


 セーレは呆れるアリオの隣へ飛び降りると、指をパチンと鳴らした。とたんに、ピトーの死体が掻き消える。悪魔特有の無尽蔵な魔力に物を言わせた物体転移魔法だった。

  

「きっと、派手なお祭り騒ぎになるよ♪」


 八重歯を見せながら笑うと、セーレも忽然と姿を消した。

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