第6話 戦場を知る者03

──やっぱり、変だ。


 アリオとセーレを尾行していたピトーは異変に気づいた。それは、犯罪者としての嗅覚が告げる、直感的なものだった。前方を見つめたまま、隣を歩くピケに尋ねる。


「おい、ピケ。あいつら、新参者だってゼブが言ってたよな?」

「そうだよ、兄ちゃん。男は貴族の息子だかで、女は音楽祭に来た旅行者だって」

「そうだったよな……」


──だったら、ヴィネアに詳しくないはずだ。だが……。


 ピトーは目を細めてアリオとセーレの背中を追った。二人は音楽祭で賑わう大通りから小道、路地裏へと進んでいく。音楽祭や観光を楽しむといった様子がまったく無い。


──俺たちの尾行に気づいていやがるのか……。


 ピトーが歩く速度を緩めると、ピケが呆れて頭を掻いた。


「アレ、アレ、アレ? 兄ちゃん、どうしたの? ビビってるの?」

「そうじゃねぇ。あいつら、人気の無い方へ、無い方へと歩いて行きやがる。まるで、俺たちを誘っているみたいだ」

「……じゃあ、好都合じゃん!! さっさとバラして『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部になろうよ!!」


 ピケはアリオとセーレが寂れた小路こみちに入ると、小走りで後を追った。


「バカヤロウ、焦ってんじゃねぇ!!」


 ピトーは慌ててピケを追いかける。そして、小路への角を曲がると、そこには呆然と立ち尽くすピケの姿があった。


「!!??」


 クラッチ兄弟の前には、アリオが前を向いたまま黒い日傘を差して立っている。そして、少年の姿は忽然と消えていた。


「ピケ、男はどうした!?」

「し、知らないよ。兄ちゃん、角を曲がったら消えてたんだ……」

「消えた!?」

 

 ピトーが驚いていると、アリオがゆっくりとこちらを振り向いた。豊かな栗色の髪と真紅のドレス。その姿は可愛らしいアンティークドールを思わせるが、榛色はしばみいろの瞳は見るもの全てを凍らせてしまうほど、冷たく輝いている。


「わたくしに何か御用かしら?」


 静かだが、よく通る声だった。ピトーとピケはギクリとして顔を見合わせた。すると、アリオが満面の笑みで語りかけてくる。


「血の匂いをさせて、品性を感じないわね……あいにく、暑苦しいゲスに構っている暇はないの」


 アリオは整った眉を寄せて嫌悪感を示した。とたんに、ピケの顔が真っ赤になる。


「ショ、しょ、初対面なのにバカにしたな。女のくせに、女のくせに、女のくせに、礼儀ってもんを知らねぇ!!」


 女性や子供を「自分より弱い生き物」と決めつけ、見下してきたピケはアリオの言い草に激怒した。地面を何度も踏みつけて悔しがり、トレンチコートのボタンを外して前を広げる。コートの内側には理髪店で使われる大きめのカミソリが何本も留められていた。


「俺が礼儀ってモンを教えてやる!!」


 ピケはカミソリを取り出して刃を剥き出しにした。キラキラと銀色のやいばが日の光に煌めく。しかし……。アリオは恐れるどころか、クスクスと面白そうに笑っていた。



「礼儀を語る前に、そのカミソリで汚い髪と髭を何とかしたらどうなの?」



 見下すような半笑いの口調に、ついにピケはキレた。


「も、も、もう許さねぇぞ。ギャーギャー泣きわめくのが女の仕事だろうが!! テメーのはらわたで縄跳びかましてやる!!」

「待てッ!! ピケ、落ち着くんだ!!」


 ピトーの制止も聞こえない。怒りで自分を見失ったピケは思いきり地面を蹴って跳躍し、アリオに踊りかかった。 

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