第6話 戦場を知る者02

「ネ、ネ、ネ。兄ちゃん、あいつら、刻んでいいの?」

「だめだ。赤いドレスの女は好きにしていいが、もう一人はドン・ニコラの持ち物だ」

「エ、エ、エ? ニ、ニッキーの持ち物?」

「そうだ。それに、ニッキーって呼ぶんじゃねぇ。ドン・ニコラだ。ダヴィデにまたどやされるぞ」

「……お、俺ダヴィデ嫌い。だって、すぐ殴るんだもん」

「俺だって嫌いだ。可愛い弟に手を上げるからな。でも、ドン・ニコラはこの仕事を片付ければ幹部してくれるって言った。そうなりゃ、もうダヴィデなんかにゃデカいツラさせねぇ」

「に、兄ちゃん、超カッコイイ!!」


 アリオとセーレへ視線を送りながら語り合っているのはクラッチ兄弟だった。高身長だがガリガリにやせ細った男が弟のピケ・クラッチ。金髪をポマードで固めた小太りの男が兄のピトー・クラッチ。二人ともスーツに茶色のトレンチコートという暑苦しい格好をしていた。


 クラッチ兄弟……二人はヴィネアの暗黒街でそれなりに名前が売れている。それは、『強い』とか『度胸がある』とか、勇ましい理由からではない。彼らが有名になったのは、あまりにも残虐だったからだ。


 女性や子供を誘拐し、生きたまま解剖して臓器を売りさばく。身代金を払えなかった家族に指、腕、内臓、首と身体を細切れにして送りつける。暗黒街の人間でも顔を背けるようなことを平然とやってのけた。


 弟のピトーにいたっては、自分が殺した子供の葬式に出て、悲しむ両親や家族の姿を見るのが趣味になっている。「どうやって亡くなったのですか?」と尋ねた時の母親や父親の顔がたまらないのだ。「ああ、この苦痛を運んで来たのはオレ。オレ、神さまみたい」と、優越感にひたることができる。


 クラッチ兄弟は暗黒街でも持て余されるクズだ。それでも、しぶとく生き残っているのは、彼らがとても臆病だからだった。臆病な分、用心深くて奸智かんちけている。


 今回も、彼らは用心深くアリオとセーレを観察していた。ピケはぼさぼさの頭を掻きながら黄色い歯をむき出しにして舌なめずりをする。


「兄ちゃん、女の方は細い足首してるよねぇ。どんな味がするのかなぁ……あれなら、死んでからも楽しめそうだぁ。あーあーあ、早くりてぇなぁ……」


 パラパラと白い頭皮がカウンターに舞い落ちる。すると、すぐさまピトーが顔色を変えて叱りつけた。


「汚ねぇな!! だから、『ネオ・カサブラン』に入れてもらえねぇんだ!! 店では行儀よくしろって言ってるだろ!!」

「ゴ、ゴ、ゴメンよ。兄ちゃん、怒らないで」

「怒ってねぇよ。俺はお前を愛してるからな」

「兄ちゃん……」


 感動したピケが窪んだ眼を輝かせているとピトーはおもむろにアリオとセーレへ視線を移した。そして、太い眉を寄せながら首を捻る。


──それにしてもアイツら……なんで逃げなかったんだ? まるで、俺たちが捕まえに来るのを待ってたみたいだ……。


 アリオはドン・ニコラの持ち物(セーレ)を奪ったというのに、逃げるそぶり一つ見せない。むしろ、優雅にティータイムを楽しむ姿からは余裕すら感じられる。


──アイツら、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』を知らねぇのか?


 セーレも、せっかく娼館から逃げ出せたというのに、のん気にアリオと談笑している。ヴィネアではあり得ない光景だった。


──……何かヘンだ……。


 ピトーの悪人としての嗅覚が異変を告げている。しかし……。


「兄ちゃん、アイツらここを出るよ!!」

「あ、ああ」


 アリオとセーレが席を立つと、ピケが慌てて袖を引く。ピトーは深まる疑問を振り払って立ち上がった。


「行くぞ、ピケ」

「うん!!」


 クラッチ兄弟はトレンチコートの襟を直し、茶色の円形ハットを目深まぶかにかぶる。そして、互いに頷きあうと、ゆっくりとした足取りでアリオとセーレの後を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る