第2章 ささやかな森の憩い

第6話 戦場を知る者01

 空は爽やかに晴れ渡り、太陽が燦燦さんさんと輝いている。真夏の強い日差しは音楽祭を祝福するようにヴィネアへ降り注いでいた。街のいたる所から金属楽器、弦楽器、打楽器、そして歌声……様々な音楽が聞こえてくる。


 アリオとセーレはホテルのカフェテラスで遅い朝食を取っていた。10階にもうけられたカフェテラスからは遠くに海を望むことができる。周囲には木々や色とりどりの花々が植えられ、さながら空中庭園だった。一角では吟遊詩人が弦楽器を奏でながら歌を歌い、食事に彩りを添えている。 


 アリオは鮮やかな赤のドレス、セーレは少年執事を思わせる黒の燕尾服を着ていた。テーブルを挟んで向かい合う二人は気品にあふれ、カフェテラスを貴族の社交場に変えていた。


 食事の最後にケーキが運ばれてくると、ささやかなティータイムが始まる。セーレは目を輝かせてフォークを握った。


「シフォンケーキ!! まずはケーキだけで楽しんで、そのあと添えられたクリームをいっぱいつけるのが美味しい食べ方だよね!! ボク、人間は好きになれないけれど、人間の作るお菓子は大好きなんだ♪」

「セーレ、尻尾しっぽが出てるわ」

「え!? 本当!? ご、ごめんね!!」


 嬉しくて油断したのか、セーレの燕尾服から鍵状の尻尾が出ている。慌てて尻尾を消すセーレを見てアリオはクスリと微笑んだ。


──悪魔といっても、無邪気な子供ね。

 

 アリオも白い陶器のティーカップに口をつける。甘いリンゴの香りが鼻腔をくすぐった。


──お姉さまも、アップルティーが好きだった……。


 アリオは目を閉じて双子の姉を想った。すると、セーレが口の端にクリームをつけたまま語りかけてくる。


「ねえ、アリオ。またを探しているの?」

「……」

「人間て不思議だよね。人が死んだとたん、その死者について知りたがるんだから。何が好きだったか? どんな未来を思い描いていたか? そして、最期に何を見たか? それまで無関心でも、『死』っていう後援者スポンサーがついたら、急に興味を持つ……」


 饒舌な悪魔は面白そうに続けた。


「謎の死を遂げた美しい宮廷魔術師パレス・マグスと、その謎を追う孤高の戦乙女ワルキューレ。しかも、その二人が双子だなんて……まるで、伝奇物語だよね♪ ねぇアリオ。『死』は面白おかしく語られてこそ、価値があると思わない? 」

「……もういいわ」


 アリオはティーカップを静かに置いてセーレを制した。アリオにはセーレが自分をからかい、挑発しているのがわかっている。悪魔はただ、食後の運動にアリオと戦いじゃれあいたいだけだ。


「セーレ、わたしと遊びたいなら、もっと気のいた言葉を選ぶべきね。好奇心が旺盛な悪魔なんて、それだけで興醒きょうざめだわ」

「アリオは手厳しいなぁ……でも、たいていの悪魔は好奇心が旺盛だよ。だから、人間の欲望を叶えて、破滅するまでを観察して喜んでるの♪」


 セーレが微笑むと頬に赤みが差し、純真じゅんしん無垢むくな笑顔になる。アリオは可愛らしい悪魔を持て余してため息をついた。


 その時……。


 アリオは身体をジットリと舐め回す嫌な視線を感じた。アリオの鋭敏な神経は視線のぬしがセーレの背後、カウンターの辺りにいると告げている。


「ねえ、セーレ……」

「あれ? アリオも気づいたの? まあ、当然だよね。あんなに殺気を放ってたら……」


 セーレは背後を確認しようともせず、アリオをまっすぐに見つめた。


「遊び相手ができて良かった♪ これで退屈しないですみそう……」


 セーレが赤い口をゆっくりと開けて八重歯を覗かせる。その顔はさっきまでとは打って変わり、悪魔特有の残虐性を秘めていた。


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