第5話 影01

「みんな、お疲れさま~!!」


 レイラの明るい声が楽屋中に響く。レイラはDJ仲間たちとグータッチを交わし、お酒の入った細長いガラスボトルを手に持ってひたいへ当てた。ひんやりとした冷たい感触がライブで火照った身体に心地よく、思わず微笑んでしまう。レイラはみんなに向かってガラスボトルをかかげた。


「音楽祭はまだ初日。明日も、最終日も、わたしたちが先頭きって盛り上げようね!!」

「「「オッケー、レイラ!!」」」


 出番が終わったDJたちも笑顔になり、それぞれガラスボトルをかかげてレイラに応える。互いへの敬意に満ちた輪が音楽祭の順調な滑り出しを表していた。すると、そこへイベントを切り盛りする中年女性がやってきた。女性はトントンとレイラの肩を叩き、小声で耳打ちする。


「レイラさん、地元の方たちがお見えですよ」

「え、地元? ああ、そっか……わかりました。ありがとうございます」


 レイラは賑やかな楽屋からひっそりとした裏口へと向かった。



×   ×   ×



 裏路地へ出たレイラは辺りを見回した。そこは、ひしめき合う巨大な建築物の隙間にできた細い路地で、廃車やゴミが散乱している。華やかな『ネオ・カサブラン』の表通りとは別世界のようだった。


「「「レイラ!!」」」


 突然、物陰から数人の少年たちが出てきた。彼らは金や青といった派手な色に髪を染め上げ、お揃いのジャケットを羽織っている。一見するとギャングに憧れる不良少年たちに見える。しかし、レイラは驚くどころか、顔をほころばせて一人一人と抱擁を交わした。


「みんな、来てくれたんだね。ありがとう!! 元気だった!?」


 レイラは懐かしい顔ぶれに喜んだ。彼らはレイラの出身地である『ヴィネアの貧民街』からやって来たのだ。みんな、レイラより年下で弟のような存在だった。中には13歳になったばかりの少年もいる。


「レイラ、これ!! 俺たちで買ったんだ!! チケットは高くて買えなかったけど……音楽祭の初日、出演おめでとう!!」


 リーダーとおぼしき金髪の少年が赤いバラの花束を差し出した。しかし、包装紙にはヴィネアの高級花屋のラベルが貼ってある。レイラは喜ぶよりも先に顔をしかめた。


「ネイト、これはどうしたの? まさか盗んだんじゃ……」

「ち、違うよ!! 俺は牛乳配達、ブルは古紙回収……みんなでお金を貯めて買ったんだ!!」

「そうだよ!! 僕も、ネイトを手伝ったんだ!!」


 一番年下の少年までもが頬を膨らませている。レイラは疑った自分を恥じた。


「そっか……ネイト、疑ってごめんね」

「いいよ。どうせ、俺たちはワルだからな」

「ちょっと、拗ねないでよ。ちゃんと楽屋に飾っておくから……」


 苦笑いを浮かべながらレイラは少年たちを見渡す。みんなが来てくれたことは嬉しい。しかし、今が深夜で、しかも繁華街の路地裏であることを考えると素直に喜べなかった。


「みんな、学校は? ちゃんと家族の人には言ってきたの?」


 レイラが訪ねると少年たちはバツが悪そうに顔を見合わせる。やがて、ネイトが不満そうに口を尖らせた。


「レイラ、俺たちだって、大人なんだ!! 自分のことは自分で決める!! 許可なんて、必要ないだろ? 学校も、家族も、俺達には関係ない!!」


 ネイトはレイラに子供扱いされて悔しかったのか、精一杯に虚勢を張ってみせる。すると、裏口の方から静かだがハッキリと耳に残る声が聞こえてきた。


「ネイト君、それは違うなぁ……」


 声の主に驚いたのは少年たちよりもレイラの方だった。ギクリとして裏口を見ると、オーダーメイドの白いスーツを着たニコラが立っている。ニコラも赤いバラの花束を持っていた。


「学校は世の中の仕組みを、家族ファミリーは絆の大切さを、それぞれ教えてくれる。敬意を持って学び、接しなければならない。そうだよね、レイラ。心からの感謝と敬意をこめて……」


 ニコラはレイラに歩み寄ってバラの花束を差し出す。偶然にも、その花束はネイトたちが用意したものと同じだった。


「あ、ありがとうございます……」

「同じ花束でも、レイラがもらったものに比べれば、僕のは霞んでしまう。そっちの花束にはの想いがこめられているからね……」


 ニコラが語りかけていると、ネイトが割りこんできた。


「さっきから何を偉そうに語ってんだ!! お前、誰なんだよ!!」


 ネイトはニコラの胸倉をつかんで締め上げる。他の少年たちもネイトに加勢するべくニコラを取り囲んだ。


「仕組みを知らないから平気で噛みつく、絆を知らないから仲間を危険に晒す……それじゃあ、バカな野良犬と一緒だよ」


 ニコラはネイトを見下ろしながら冷ややかな口調で呟いた。

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