第4話 裏切り者

「す、すいません、ドン・ニコラ!! 逃げるつもりなんて、なかったんでサァ!!」


 ゼブは膝をVIPルームの床につき、口から唾を飛ばして弁明した。その周りでは屈強な男たちが蔑む眼差しでゼブを見下ろしている。


「わ、わ、わっちは男娼を取り返そうと……」

「へぇ~それで、船に乗ろうとしてたの? 名前をいつわって? 逃げる気マンマンじゃない」


 ダヴィデはゼブの正面に用意されたパイプ椅子に座っている。逆向きに座り、紫のマニキュアを塗りながら、方手間かたてまで話しを聞いていた。


「小娘にはやられる、上玉は取られる、家族ファミリーからは逃げる……『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』も舐められたものね」 

「……」

「まあ、いいわ。ドン・ニコラが『聞きたいこと』があるそうよ。あなたをどうするかは、その後に決めるわ。せいぜい、誠意をもって答えることね……」


 ダヴィデが紫色の爪にフーっと息を吹きかけていると、その背後からニコラが現れた。ニコラは苦しげに顔を歪め、瞳には涙をたたえている。


「ああ、ゼブ。君はどうして家族ファミリーを捨てようとしたんだい? 僕は悲しくて、悲しくて、胸が押し潰されそうだよ」

「うぅ……捨てるだなんて、そんな……わっちは『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の面子メンツのために女を探そうと……」


 ゼブは今にも泣き出しそうなニコラを見て戸惑い、言葉を濁して俯いた。すると、ニコラが溜まった涙を指でぬぐいながらゼブの前に屈む。


「確かに、家族ファミリーにとって面子メンツは大事だよね。奪われたままなら、他組織に舐められる……だから、キッチリ落とし前をつけなきゃならない。ゼブ、その女はコレと同じ髑髏が付いた銃を持っていたって、本当かい?」


 ニコラは自分の耳にある髑髏のピアスに触れた。助かりたいゼブは、慌ててウンウンと頷き、アリオについて話し始めた。


「そ、そうです、そうです!! 手品みたいに銃を取り出して……グリップにはそれと同じ髑髏のアクセサリーを付けてました!!」

「そっか……」

「『ドン・ニコラも同じ髑髏の魔導武装を持ってるぞ!!』って脅したら、ビビッてましたよ!! あんなのただの小娘です!! ドン・ニコラと同じ魔導武装を扱えるわけがねぇでサァ!! 兵隊を何人か貸してくだせぇ!! わっちが捕まえてご覧に入れまサァ!!」


 ゼブはアリオに一蹴されたことも忘れて強気に出る。その姿がダヴィデは気に入らなかった。


「あんた……ニコラの魔導武装について、ご丁寧に話して聞かせたの? 相手が警戒するじゃない」

「え……そ、それは……」

「超フール。……ねえ、ニコラ。どうする?」


 ダヴィデはニコラの判断を仰いだ。すると、ニコラは立ち上がってゼブを見下ろす。その目にもはや涙はない。それどころか、何か汚いものを見るような眼差しだった。


「ゼブ、君は家族ファミリーの持ち物が奪われたのに、それを取り返すどころか、逃げようとした。つまり、僕を裏切ったんだ。君はもう僕の家族ファミリーじゃない……」


 ニコラが無感情に呟くとダヴィデもパイプ椅子から立ち上がる。そして、ゼブを取り囲む部下の一人に指示を出した。


を持ってきて」

「はい」


 男が立ち去ると、ゼブは血相を変えて首を振った。


「い、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」


 小さな身体をよじって精一杯に暴れるが、すぐに部下たちによって取り押さえられる。やがて、命令を受けた男が赤茶色のを持って戻ってきた。男はレンガを床に押さえつけられたゼブの目の前に置く。ゴトンという音がすると、ダヴィデは満足そうにニヤリと笑った。


「さあゼブ、咥えて」

「嫌だ!! 嫌だよぅ!! いぃやぁだぁぁぁ!!」

 

 依然としてゼブは必死に抵抗する。すると、ダヴィデのこめかみに青筋が浮かんだ。


「『咥えろ』って言ってんのが聞こえねぇのか!! ニコラを悲しませやがって、この裏切り者がぁ!! 今すぐ脳ミソをぶちまけるぞ!!」


 突然、ダヴィデは口調を変えて怒鳴り散らした。ピンクのスーツを脱ぎ捨て、腰にぶら下げたトンファーへ手をかける。とたんに、ゼブはガタガタと震えだし、目を強くつぶってレンガを咥えた。


 ガリ……。


 レンガに歯が当たり、顎が少しだけ床から浮く。舌がレンガに触れると、ザラザラとした舌触りがして、口内いっぱいに砂の味が広がった。


「ユユシテクリャサイ、ホン・フィコラ(許してください、ドン・ニコラ)」


 言葉がままならないゼブは、最後の願いとばかりに涙を流して懇願する。しかし、ニコラの口が開くことはなく、かわりにダヴィデの自慢げな声が聞こえてきた。


「わたしの指って、超キレイでしょ? だから、絶対に傷つけたくないのぉ~……特に、裏切り者の処刑なんかじゃねッ!!」


 ゴッ!!


 ダヴィデは思いきりゼブの後頭部、首の付け根を踏みつける。巨大な表革おもてがわのブーツがゼブの細い首筋を捉えると、ゴキンという音がして首の骨は簡単に折れた。ダヴィデも部下たちも、そしてニコラも無表情で全てを見届けた。


「痛みなく死ねるんだから、超ラッキー……でも、わたしはかかとが少し減ったかも……超サッド……」


 処刑が終わると執行人はブーツの心配をしていた。やがて、ゼブの遺体を部下に片付けさせてニコラへ問いかける。


「ニコラ、ゼブのやらかした後始末、どうする? 男娼を奪った落とし前、つけなきゃでしょ?」

「それなら……もう、クラッチ兄弟に任せてあるんだ」

「えっ!? あの二人に任せたの!?」


 ダヴィデは意外そうに太い眉を上げて目を丸くした。そして、クラッチ兄弟という名前を毛嫌いして顔をしかめる。


「あの二人は仕事が雑だし……それに、わたしと違って女が相手だと、興奮してなぶるから嫌いなの。残酷で品が無いのよ。美学を感じないわ」

「だからこそ、にはうってつけだろ?」

「こういったこと?」

だよ。相手が誰でも関係ない。僕の持ち物に手を出すヤツがどうなるか……みんなにわからせる必要がある」

「なるほどねぇ~さすがはドン・ニコラ」


 ダヴィデが感心していると、フロアからひときわ盛り上がる歓声が聞こえてくる。気づけば、レイラの出番が終わろうとしていた。


「……ちょっとレイラの楽屋に行ってくる」

「アレ? ニコラ、もう行っちゃうの? レイラも『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部なのよ、こっちに呼べばいいじゃない。ドンの特権よ」

「レイラは出番が終わったばかりなんだ。そんな無粋な真似、したくない」

「ドン・ニコラはレイラにご執心ねぇ~妬けちゃう!!」


 ダヴィデが大げさに言ってニコラをからかうと、部下たちも含み笑いでニコラを見る。自然と、ニコラも照れ笑いになった。それは、恋焦がれる女性のもとへ向かう喜びを噛みしめる、青年の笑顔そのものだった。

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