第4話 裏切り者
「す、すいません、ドン・ニコラ!! 逃げるつもりなんて、なかったんでサァ!!」
ゼブは膝をVIPルームの床につき、口から唾を飛ばして弁明した。その周りでは屈強な男たちが蔑む眼差しでゼブを見下ろしている。
「わ、わ、わっちは男娼を取り返そうと……」
「へぇ~それで、船に乗ろうとしてたの? 名前を
ダヴィデはゼブの正面に用意されたパイプ椅子に座っている。逆向きに座り、紫のマニキュアを塗りながら、
「小娘にはやられる、上玉は取られる、
「……」
「まあ、いいわ。ドン・ニコラが『聞きたいこと』があるそうよ。あなたをどうするかは、その後に決めるわ。せいぜい、誠意をもって答えることね……」
ダヴィデが紫色の爪にフーっと息を吹きかけていると、その背後からニコラが現れた。ニコラは苦しげに顔を歪め、瞳には涙を
「ああ、ゼブ。君はどうして
「うぅ……捨てるだなんて、そんな……わっちは『
ゼブは今にも泣き出しそうなニコラを見て戸惑い、言葉を濁して俯いた。すると、ニコラが溜まった涙を指でぬぐいながらゼブの前に屈む。
「確かに、
ニコラは自分の耳にある髑髏のピアスに触れた。助かりたいゼブは、慌ててウンウンと頷き、アリオについて話し始めた。
「そ、そうです、そうです!! 手品みたいに銃を取り出して……グリップにはそれと同じ髑髏のアクセサリーを付けてました!!」
「そっか……」
「『ドン・ニコラも同じ髑髏の魔導武装を持ってるぞ!!』って脅したら、ビビッてましたよ!! あんなのただの小娘です!! ドン・ニコラと同じ魔導武装を扱えるわけがねぇでサァ!! 兵隊を何人か貸してくだせぇ!! わっちが捕まえてご覧に入れまサァ!!」
ゼブはアリオに一蹴されたことも忘れて強気に出る。その姿がダヴィデは気に入らなかった。
「あんた……ニコラの魔導武装について、ご丁寧に話して聞かせたの? 相手が警戒するじゃない」
「え……そ、それは……」
「超フール。……ねえ、ニコラ。どうする?」
ダヴィデはニコラの判断を仰いだ。すると、ニコラは立ち上がってゼブを見下ろす。その目にもはや涙はない。それどころか、何か汚いものを見るような眼差しだった。
「ゼブ、君は
ニコラが無感情に呟くとダヴィデもパイプ椅子から立ち上がる。そして、ゼブを取り囲む部下の一人に指示を出した。
「アレを持ってきて」
「はい」
男が立ち去ると、ゼブは血相を変えて首を振った。
「い、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」
小さな身体をよじって精一杯に暴れるが、すぐに部下たちによって取り押さえられる。やがて、命令を受けた男が赤茶色のレンガを持って戻ってきた。男はレンガを床に押さえつけられたゼブの目の前に置く。ゴトンという音がすると、ダヴィデは満足そうにニヤリと笑った。
「さあゼブ、咥えて」
「嫌だ!! 嫌だよぅ!! いぃやぁだぁぁぁ!!」
依然としてゼブは必死に抵抗する。すると、ダヴィデのこめかみに青筋が浮かんだ。
「『咥えろ』って言ってんのが聞こえねぇのか!! ニコラを悲しませやがって、この裏切り者がぁ!! 今すぐ脳ミソをぶちまけるぞ!!」
突然、ダヴィデは口調を変えて怒鳴り散らした。ピンクのスーツを脱ぎ捨て、腰にぶら下げたトンファーへ手をかける。とたんに、ゼブはガタガタと震えだし、目を強く
ガリ……。
レンガに歯が当たり、顎が少しだけ床から浮く。舌がレンガに触れると、ザラザラとした舌触りがして、口内いっぱいに砂の味が広がった。
「ユユシテクリャサイ、ホン・フィコラ(許してください、ドン・ニコラ)」
言葉がままならないゼブは、最後の願いとばかりに涙を流して懇願する。しかし、ニコラの口が開くことはなく、かわりにダヴィデの自慢げな声が聞こえてきた。
「わたしの指って、超キレイでしょ? だから、絶対に傷つけたくないのぉ~……特に、裏切り者の処刑なんかじゃねッ!!」
ゴッ!!
ダヴィデは思いきりゼブの後頭部、首の付け根を踏みつける。巨大な
「痛みなく死ねるんだから、超ラッキー……でも、わたしは
処刑が終わると執行人はブーツの心配をしていた。やがて、ゼブの遺体を部下に片付けさせてニコラへ問いかける。
「ニコラ、ゼブのやらかした後始末、どうする? 男娼を奪った落とし前、つけなきゃでしょ?」
「それなら……もう、クラッチ兄弟に任せてあるんだ」
「えっ!? あの二人に任せたの!?」
ダヴィデは意外そうに太い眉を上げて目を丸くした。そして、クラッチ兄弟という名前を毛嫌いして顔を
「あの二人は仕事が雑だし……それに、わたしと違って女が相手だと、興奮して
「だからこそ、こういったことにはうってつけだろ?」
「こういったこと?」
「報復だよ。相手が誰でも関係ない。僕の持ち物に手を出すヤツがどうなるか……みんなにわからせる必要がある」
「なるほどねぇ~さすがはドン・ニコラ」
ダヴィデが感心していると、フロアからひときわ盛り上がる歓声が聞こえてくる。気づけば、レイラの出番が終わろうとしていた。
「……ちょっとレイラの楽屋に行ってくる」
「アレ? ニコラ、もう行っちゃうの? レイラも『
「レイラは出番が終わったばかりなんだ。そんな無粋な真似、したくない」
「ドン・ニコラはレイラにご執心ねぇ~妬けちゃう!!」
ダヴィデが大げさに言ってニコラをからかうと、部下たちも含み笑いでニコラを見る。自然と、ニコラも照れ笑いになった。それは、恋焦がれる女性のもとへ向かう喜びを噛みしめる、青年の笑顔そのものだった。
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