第3話 狂信者たちの聖夜02

「みんな!! 音楽祭、楽しんでる!?」


 ステージの中央で金髪の女性がポニーテールを揺らして呼びかける。爽やかな笑顔と華やかなで立ちが印象的だった。


「「「オオォー!!」」」


 観客たちは歓声で応え、その中にはヘレナやオルビオもいた。はしゃぐヘレナとは対照的に、オルビオは辺りをキョロキョロと見回しながら、必死にノリを合わせている。


 レイラは熱気あふれる反応に頷くと、鍵盤が付いた音楽機材へと向かった。そして、おもむろに鍵盤横のスイッチを押す。


  ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。 


 身体の芯を揺さぶる四つ打ちビートがフロアの空気も振るわせる。レイラは観客に向かって大きく右手をかざした。


「音楽祭は始まったばかり!! みんな、いっくよー!!」


 レイラは鍵盤を使ってビートに旋律を加える。それは、フロアの熱気をそのまま表現したような、攻撃的で高揚感あふれる音楽だった。


「「「ウオォー!!!!」」」


 人々はさらに熱狂し、重低音に合わせて首を振り、飛び跳ねる。フロアには音楽を心から楽しむ歓喜のうずができていた。


 ニコラは思わずマジックミラーに両手を添えて見入ってしまった。レイラが眩しく見えるのは、きっとスポットライトのせいだけじゃない。ニコラはヒーローを目にした子供のように目をキラキラと輝かせた。


 でも……。


 どうしてだろうか……。


 レイラを見ていると、段々と心の奥底が暗くなってゆくのがわかる。言い知れない不満や怒りが渦巻いて、おりのように静かに降り積もってゆく。


──僕は真面目に生きているのに、彼女のようにはなれない。こんなに、こんなに、こんなにも真面目に生きているのに……。


 重くなる心に耐えかねてニコラはソファーへと戻った。深く腰をかけ、今度は盛り上がるフロアの歓声と音楽に眉をひそめる。


──いったい僕は……何を手に入れれば、満足するんだ?


 自分に問いかけてみても答えは出てこない。あるのは例えようもない『何か』に対するだけだ。ニコラは眼鏡を眉間でクイッとかけ直した。


「ダヴィデ、アブルッチに『傘下に入りたいなら縄張りシマを全部よこせ』と伝えろ。それに、停戦協定なんてクソくらえだ。震える老人どもの頭に鉛玉なまりだまをぶち込んでこい。あと、ターニャだが『ウチの娼館で働くなら話を聞いてやる』と言ってやれ」


 ニコラは眉一つ動かさないで命令を下した。それは、宣戦布告と変わらない。とたんに、ダヴィデの顔が興奮で真っ赤になる。


「ニ、ニコラァァァ!! 超カッコイイ!! 超クール!! それでこそ、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』のドン!! 愛してるぅぅぅ!!!!」


 ダヴィデはニコラに抱きつこうとしたが、目の前に手を出されて拒絶されてしまった。仕方なく新しいロックグラスを用意して、ニコラのためにウイスキーを注ぐ。


「はい、ニコラ!! 勝利の前祝い!! カンパーイ!! ヒャッホー!!」


 よほど嬉しかったのか、ダヴィデはすぐに飲み干してドバドバと新しく注ぎ直す。そして、グラスからあふれ出て指先についたウイスキーをチュパチュパと舐めながらニコラの顔を覗きこんだ。


「ねえねえ、お金と兵隊はどうする?」

「好きなだけ使っていいよ」

「素敵、今から脳汁が出ちゃう!!」


 ダヴィデが感極まっていると、VIPルームの扉がコンコンとノックされた。そして、ダークスーツの男たちが入ってくると、ダヴィデはあからさまに不機嫌な顔になった。


「何よ、あんたたち。せっかくニコラと祝勝会をしてるのに、邪魔しないで」

「ダヴィデさん、すいません。あの……」


 男の一人がダヴィデに耳打ちをした。すると、ダヴィデは「へぇ~。あんたら、やるじゃん」と感心する。その様子にニコラが首を傾げた。


「ダヴィデ、どうしたの?」

「ゼブのヤツをとっ捕まえたって」

「ああ、あの男娼を女に取られたヤツか……」

「そっ。ヴィネアから逃げようとしてたみたい。逃げられるわけねぇのに……超フール」


 ダヴィデは冷笑を浮かべて男たちに指示を出す。


「あんたらで始末して、海にでも捨てといて」

「「「はい」」」


 男たちが部屋を立ち去ろうとした時、ニコラが呼び止めた。


「ちょっと待って。ゼブをここへ連れてきてくれないかな?」

「え? 何でなの? ドンが関わるほどのことじゃあ……」

「少し聞きたいことがあるんだ」


 ニコラはいぶかしがるダヴィデに視線を送りながら静かに答えた。

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