第3話 狂信者たちの聖夜01

「ドン・ニコラ、グランツォ一家ファミリーのアブルッチが傘下に入りたいと申し出ています」

「カルナン連合のテオドアが停戦協定を結びたいと言ってきました」

「ビッグシックスのターニャが会合を開きたいそうです」


 『ネオ・カサブラン』のVIPルームで闇組織の幹部たちが次々とニコラに報告する。上がる名前はどれも暗黒街の大物たちばかりだった。


 ソファーに座るニコラは上等な白のスーツに着替え、耳には髑髏どくろのピアスをしている。髪もオールバックに変えているが、その雰囲気は優しげなままで、口元には柔らかな笑みを湛えていた。


「報告、ありがとう」

「「「はい。それでは、失礼いたします」」」


 部下たちが一礼して部屋を出ていくと、ニコラはソファーに寄りかかって伸びをした。そして、欠伸を噛み殺しながら隣のダヴィデに話しかける。


「ダヴィデ、停戦協定に会合だってさ……ずいぶんと平和になるね。嬉しいよ」

「ニコラがそれを言うの?」


 ダヴィデは苦笑しながらウイスキーの注がれたロックグラスを傾ける。そして、ニコラがヴィネアに現れた頃を思い出した。  


 ニコラは3年前、ふらりとヴィネアに現れた。そして、新興組織『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』を立ち上げると、圧倒的な戦闘力でまたたく間に裏社会を牛耳ぎゅうじるまでに伸し上がった。


 元々、他組織の幹部だったダヴィデはニコラの凶暴性を知っている。ニコラに叩きのめされ、その強さに憧れて部下になったからだ。ニコラが市役所の役人もしていると知った時は心底、驚いたものだった。


「ニコラは争いごとが大好きでしょ?」

「そうかな? そんなことはないと思うけど……」

「よく言うわ。暴れまわるあなたは、生き生きしてた。いかり顔で暴力を振るうヤツより、笑顔で暴力を振るうヤツの方が怖い……って、ニコラに教えられたんだから」

「あはは、ダヴィデは面白いことを言うね。さすが僕の家族ファミリーだ」

「……わたしたちにとって、ニコラの笑顔が一番、大切なの。ニコラが笑ってくれるなら、わたしたちは何でもするわ」

「……」


 ふいに、ニコラは思案顔になって黙りこんだ。すると、ダヴィデが立ち上がり、ウイスキーを一気に飲み干してニコラを見下ろす。その両目には、ニコラに心酔する狂気の炎が灯っている。


「今の『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』はヴィネア裏社会の本流メインストリーム!! お酒、お金、女、それにドラッグ……すべてが思いのまま!! ニコラ、次は何が欲しいの? お金? それとも新たな戦争? ニコラ、ニコラ、ニコラァァァ!!!! 早くわたしたちに命令して!!!! 早くぅぅぅ!!!!」


 興奮したダヴィデの声がVIPルーム中に響き渡る。ニコラは整った眉をひそめて立ち上がった。そして、ダヴィデを無視して巨大なマジックミラーに近づく。そこからは『ネオ・カサブラン』の音楽フロアが一望できた。


──僕が欲しいもの……。


 ニコラは眼下に広がるフロアを見渡した。ちょうど、ステージではヴィネア屈指のDJ、レイラによるプレイが始まろうとしていた。

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